• 旅の追憶
  • 建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。建築を学ぶ学生さんや建築が好きな人向けの旅行ガイド(JIA関東甲信越×LUCHTAコラボ企画)

[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築07|佐久間達也

「旅の追憶」
Webで簡単に情報を集められる時代、スマホやタブレットを開けば世界中の建物を目にすることができます。しかし、建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。ぜひ次の旅の参考にしてください。

パッラーディオの形態言語

ヴィチェンツァの街並のファサードに見られたセルリアーナ(2024年撮影)

ルネッサンス後期にヴィツェンツァやヴェネツィアで活躍した建築家アンドレア・パッラーディオは、セルリアーナ(アーチと両側の矩形が一組となった開口部のモチーフ)をたびたび用いていました。その影響と思われますが、ヴィチェンツァの古い中心街を歩いてセルリアーナを冠した建物を、約20ヵ所ほど確認することができました。

他にもオーダーやクロスヴォールト、ルーネット、ペディメントを持つロッジアの正面など様々なモチーフをパッラーディオは繰り返し用いています。私はこのような建築要素に興味があります。

私は大学4年から大学院修了までの3年間と、助手5年間の合計8年間、東京理科大学奥田研究室に在籍していました。奥田宗幸先生は、建築の工業化や標準化を設計に取り入れ設計方法のシステム化の研究を行っていた、東大生産技術研究所の池辺陽研究室のご出身です。奥田研究室でも設計方法に資するためのテーマが取り扱われ、研究ではいつも奥田先生から客観性を求められました。私はエスキスプロセスの研究を担当し、デザイナーがデザインを決めていく思考の流れに注目していました。

大学4年時に読んだ『建築の形態言語―デザイン・計算・認知について』(ウィリアム・ミッチェル著)には、建築デザインのエレメントを体系的・文法的に捉える考え方が示されていて、その中にはパッラーディオのヴィラの平面分析が掲載されていました。この本を読んで以来、建築デザインを無限に自由なものとは捉えずに理性的にアプローチする考え方が忘れられず、最近になって形態言語の基礎を改めて学びたいと思っていました。そこで本を読んでから30年以上経ちましたが、2024年に北イタリアへ行き、ヴィチェンツァとその周辺にある、ユネスコにより世界遺産に登録されているパッラーディオの建築の中から20ほどを見学したので、以下に3つご紹介します。

ヴィラ・ヴァルマラーナ・ブレッサン
Villa Valmarana Bressan


セルリアーナから北門へと真っ直ぐに小道が続いている(2024年撮影)

ヴィチェンツァ郊外にある「ヴィラ・ヴァルマラーナ・ブレッサン」はパッラーディオの初期の作品です。ヴィラとは郊外の農園に建つ貴族の邸宅のことです。写真の左右対称の妻面は、建物の裏側ですが、中央にセルリアーナが1つあります。セルリアーナの上にある二つの丸い窓は、後の時代に開けられたとのことです。現在イベント会場として使われている1階の広間では、緑の庭に面したセルリアーナの開口から光が差し込み、スタッコ仕上げの白い壁面に描かれた金色のフレスコ画が美しく輝いていました。セルリアーナの一部にはヴィツェンツァの石が使われており、形の持つ品をより高めています。

所在地
イタリア ヴィチェンツァ
設計者
アンドレア・パッラーディオ
竣工年
1560年

バシリカ
Logge della Basilica Palladiana


シニョーリ広場に面しており、広場は夕方になると人が集う(2024年撮影)

ヴィチェンツァの中心地にある「バシリカ」のセルリアーナは、開口部ではなく構造の形態として用いられています。既存建物の回廊の改修再建にあたり、パッラーディオのアイデアが採用されました。白い石灰石でできた巨大なセルリアーナを2段とし、コアとなる部分を取り囲んでいます。2階の回廊は広場を見渡せる外部空間となっており、7〜8m程の高い天井を見上げると、セルリアーナと対となるクロスヴォールトが連なり一巡しています。「バシリカ」は元は裁判所兼市庁舎でしたが、現在は1階を商業施設、2階は展示ホールとして使われています。セルリアーナが持つ柱頭は、1階がドーリス、2階はイオニアと微細な差異をもちながら、全体として単一的で力強く華やかな印象を受けます。

所在地
イタリア ヴィチェンツァ
設計者
アンドレア・パッラーディオ
竣工年
1614年

パラッツォ・バルバラン・ダ・ポルト
Palazzo Barbaran Da Porto


現在はパッラーディオ博物館として使われている(2024年撮影)

「パラッツォ・バルバラン・ダ・ポルト」は「バシリカ」の近くにあります。狭い道から一歩エントランスに足を踏み入れると、天井高さ7mほどのセルリアーナが現れます。パラッツォとは貴族の都市住宅です。来訪者を迎え入れるエントランスを見せ場とすることを意図していると考えます。天井のクロスヴォールトと柱がレイヤー状に重なり、中庭からもたらされる光により情感のあるシーンを作り出していました。セルリアーナが記号的表現にとどまらず、空間へと昇華されていると感じました。柱の形状は、エンタシスという丸みを帯びながら柱頭へと細くなっています。他にもこのようなエントランスを持つ建物を数か所見つけました。

ヴィチェンツァの古い街並みを見て歩くと、窓飾りやエントランス扉など、外観の細部に類似点が多いと感じます。街全体がデザインを共有しており、都市に個々の建築が組み込まれたように見えます。このような背景の中で形態言語が繰り返し用いられて、表現として発達していったのではないかと考えています。

パラッツォ・バルバラン・ダ・ポルトのエントランス(2024年撮影)

所在地
イタリア ヴィチェンツァ
設計者
アンドレア・パッラーディオ
竣工年
1575年

ノストラ・シニョーラ・デッラ・ミゼリコルディア教会
Parrocchia Nostra Signora della Misericordia


プレファブリケーションを活用した建築 2015年に改修された(2024年撮影)

アンジェロ・マンジャロッティの初期の作品「ノストラ・シニョーラ・デッラ・ミゼリコルディア教会」は、ミラノの郊外にあります。
2023年10月にアンジェロ・マンジャロッティを特集した映画「アルファベット・マンジャロッティ」を、奥田先生のご厚意により奥田研OBも招かれてイタリア文化会館にて鑑賞しました。この時マンジャロッティの建築を実際に見たいと思ったことが、北イタリアへ行くきっかけとなりました。

「ノストラ・シニョーラ・デッラ・ミゼリコルディア教会」は屋根やサッシをシステム化し、工場のような均質な外観となっており、このような設計手法は池辺陽と通じるところがあります。

内部へのアプローチは、正面右端のスロープを下ったエントランスから入ります。半地下のレベルに下がってから階段を上がると、礼拝堂の中程に出ます。礼拝堂は四周ガラスに囲われ、光に包まれた空間となっており、天候の変化が直に感じられます。屋根を支える4本の細い柱と大梁は現場打ちコンクリート、小梁と床版はPCでできています。エンタシスは無いものの、上端に向かって細くなる柱や、床版の細かなクロスヴォールトのようなリブに繊細さと品を感じました。パッラーディオもマンジャロッティもギリシアを起源とした様式を取り入れており、イタリアの建築デザインが脈々と受け継がれることに感銘を受けました。

所在地
イタリア ミラノ
設計者
アンジェロ・マンジャロッティ
竣工年
1957年

海外の建築には素材やスケール、動線などの体感に加えて、街や歴史から読み説く面白さがありますので、日本にはない新たな発見へ、是非チャレンジしてみてください。

文・写真:佐久間 達也 佐久間達也空間計画所
この連載は、JIA関東甲信越支部広報委員会とLUCHTAの共同企画です。

著者紹介


佐久間 達也(佐久間達也空間計画所)
JIA正会員
学生時代の専攻分野
建築計画
専攻詳細
設計方法論
略歴
1970 東京都生まれ
1993 東京理科大学理工学部建築学科卒業
1995 東京理科大学大学院修士課程修了
1995 東京理科大学理工学部建築学科助手
2000 佐久間達也空間計画所設立
業種
設計事務所
所属
佐久間達也空間計画所
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