[研究室紹介]「答えは、教えてもらえない」――だから、彼らは強い
インタビュー:工学院大学 戸村研究室 / 「曖昧な境界」というランドスケープの思考法

設計課題に行き詰まったとき、あなたは誰に答えを求めるだろうか。先生か、先輩か、あるいは手元の端末から繋がる思考拡張システムか。
工学院大学建築学部の研究展示「ARCHITECTURE WEEKS 2026」で、ランドスケープを専門に研究する戸村研究室の展示ブースに立った学生たちは、瞬時に答えを出さずに数々の舞台と向き合ってきた。正確に言えば、出せなかったのだ。彼らの指導教員である戸村先生は、答えを言わない人だから。
新宿キャンパスに9つの研究室がリレー形式でバトンをつなぐこの展示で、ランドスケープを掲げた研究室は戸村研だけだった。個人の庭という手のひらサイズのスケールから、街や水辺という都市規模のスケールまで。彼らが3年をかけて向き合ってきたのは、「建築と、その外側の風景を、人の体験でどうつなぐか」という、答えのない問いだった。その現場で何を考え、何につまずき、どう成長してきたのか。展示の裏側で、学生たちがぽつりぽつりと語ってくれた言葉を追う。
この記事の3つのポイント
- 指導教員は答えを言わない。その不自由さが、学生の「自分で考える力」を育てている。
- 研究室を貫く「曖昧な境界」という言葉を、学生一人ひとりが自分の解釈として育てている。
- 設計案の良さと、それが伝わることは別の能力。戸村研は後者にも徹底的にこだわる。
■ 答えを言わない、という指導

戸村研究室のことを尋ねると、学生たちの口から真っ先に出てくるのは、作品の話ではなく先生の話だった。
戸村先生は、対話を重ねてくれる。けれど、答えは言わない。まず自分たちで考え、手を動かし、話し合い、実際にやってみる。持っていくと、たいてい一度は突き返される。「いや、それはない」。そしてまた考える。学生たちは、この往復運動のなかで設計を覚えてきた。

なぜ「答えを言わない」が効くのか
設計を「教わるもの」だと思っている限り、あなたの上限はいつも指導者の上限になる。答えを渡されない環境の不自由さは、そのまま「自分の頭で考えるしかない」という自由でもある。繰り返される対話を、成長のコストとして引き受けられるか。それは研究室選び以前の、姿勢の問題だ。
先生が学生に求めているのは、従順さではない。むしろ逆で、「反発する力」だとある学生はいう。先生に言われたことに対して「いや、でも自分はこう考えていた」と返せること。それほどの熱量と知識を持って設計に挑んでこい、という戦いの姿勢だ。だから、先生の乗せ方も独特になる。

■ 「曖昧な境界」とは何か

この研究室を一本の糸で貫いているのが、「曖昧な境界」という言葉だ。ホームページには書いてあるが、この言葉の意味を授業で手取り足取り教わるわけではない。学生たちは、プロジェクトを重ねるなかで、それぞれの解釈としてこの言葉を育ててきた。




ある学生は、こう噛み砕いた。建築、土木、庭――いろんなジャンルのものが空間をつくっていくとき、それぞれを単体で完結させるのではなく、互いに馴染ませることで、その土地ならではの風景が立ち上がる。一つひとつに隔たりのないものをつくること。それが「曖昧な境界」だと。

言い換えれば、建築の内側で過ごす人の体験と、その外にある風景とを、分断されたものとしてではなく、連続したグラデーションとしてつなぐこと。よその家の緑がすこし道にはみ出して、パブリックとプライベートが混じり合う場所。制度でカチカチに区切られた都市のなかに、生き物や人の気配がふっと紛れてくる瞬間。学生たちは、そういう「はみ出し空間」に豊かさを感じている。

当たり前を、言葉にできるか
「曖昧な境界」は、聞けば当たり前のことだ。けれど、そこに焦点を当て、言語化できている人は驚くほど少ない。設計の強さは、突飛なアイデアより、誰もが素通りする当たり前を掬い上げて言葉にする力から生まれる。あなたが普段「なんとなくいいな」と感じている風景は、まだ言葉になっていないあなたの設計思想かもしれない。
■ 「造園」ではなく、「体験」を設計する

「H邸の庭」M1次プロジェクト
製作者:小泉葵生、川田桐奈、長井勇樹、江守彩花、井上秀馬(現M2)
ランドスケープと聞いて、広大な敷地にポツンと建つ家と、そのグラウンドをデザインする――そんなイメージを持つ人は多い。だが戸村研の学生が手がけたのは、そのイメージを覆すほどミニマムな「庭」だった。

修士2年が展示したのは、机上の提案ではなく、実際に施工まで手がけた実施設計。始まりは「使われていない部分を、かわいくしてほしい」というささやかな依頼だった。ところが現地に足を運び、住む人の暮らしを観察するうちに、プロジェクトの輪郭は大きく変わっていく。浮かび上がってきたのは、「お庭で料理をする」という日常の行為。そこで選ばれたのがブルーベリーだった。眺めるためではなく、「収穫して、食べる」という行為の起点として。
彼女たちは、造園とランドスケープの違いをこう語る。

「何を置くか」ではなく「使う人がどうなるか」
植物選びが、単なるオブジェではなく生活のデザインになった瞬間だ。「何を置くか」ではなく「使う人がどうなるか」から始める。この順番の違いは、庭に限らず、あらゆる設計の出発点を問い直してくる。

技術的な難所も、そのままデザインの言語になった。水をたっぷり欲しがる植物と、乾燥を好む植物。相反する二つを同じ庭に共存させるために、彼女たちは高低差を活かした。高い場所には水が留まりにくく、低い場所に水が自然と集まる。制約が、空間の個性へと反転した瞬間だ。

さらに設計の軸には、「次の年」への視点があった。住人がベッドから庭を眺めて暮らすと知り、一度きりの美しさではなく、一年を通した変化の楽しみへと発想が移る。あえて手のかかる植物も入れた。伸びたら切る必要のあるものは、「管理の負担」ではなく「かわいがる喜び」として、使う人と庭が関係を結び続けるための仕掛けになった。

そして忘れてはならないのが、これが実際に作られたプロジェクトだったということ。クライアントの合意がなければ、庭は一本の線で終わっていた。彼女たちが得た信頼は、いまある庭に何があるか、どのくらいの大きさか――それを一つひとつ全部調べ上げ、まとめて見せた、その徹底ぶりから生まれた。「本気で向き合ってくれている」。その手応えが、「この子たちに任せてもいい」に変わった。

■ 街らしさは、建築か、人か、自然か

「海にトける」B4次 卒業制作
製作者:向井陸斗(現M1)
修士1年が並べたのは、学部時代の卒業設計を磨き直したもの。そのひとつが、佃島を舞台にした「海にトける」だ。江戸時代からの記憶を残すこの街が、周辺の再開発のなかで取り残され、街らしさを失っていくのではないか――そんな心配から出発した。
設計者は、最後まで一つの問いに悩まされたという。


水路にアプローチすることで人へどんな影響を与えたかったか。
人の日常動線の中に、海と呼応し変化し続ける水路があることで、現代の佃島での活動の中で、海との繋がりを感じてほしい。
その水路は海の変化と呼応し、海の満ち干きや水中生物が通り、時には顔を出したり隠れたりする。季節が変わることで見られる生物も変わる。水路を通して、佃島にとっての海との関わり方を肌で感じてほしい。
それにより、住民がこの街の文化を守り、街並みを守る行動を取ってくれるきっかけになればと考えました。

内堀で停滞していた水に流れを取り戻すため、街に水路を通す。街のあり方を大きく崩せば、風景も、人の行為も、街らしさも失われる。だからどうアプローチすべきか、ぎりぎりまで答えは出なかった。それでも、先生の意見を取り入れつつ、自分がやりたいと思ったことを冒頭に置き、意見を最後まで曲げなかった。その頑固さが、納得のいく作品につながっている。
答えの出ない問いを、抱え続けられるか
「街らしさの正体は何か」という問いに、正解はない。だが問い続けたからこそ、水路という具体に着地できた。抽象的な違和感を、最後まで抱え続けられるかどうか。卒業設計で試されるのは、たぶんそこだ。

「ここ、タヌキ通ります。」B4次 卒業制作
製作者:石原楽斗(現M1)

「ほどけまどろみ」B3次コンペ
製作者:竹村琉希、小林桃々果、坂本寛真、篠遠綾子、服部友弘、山本征矢(現B4)
学部3年のコンペは、「50年先へつなぐ」という時間軸のテーマだった。チームで挑んだ末にたどり着いたキーワードは「原風景」。幼い頃に刷り込まれた空間の記憶が、心地よさの原型になっているのではないか――その仮説から、時間の表現として選ばれたのが竹だった。0年目は竹が密集した状態から始まり、住人が少しずつ切り開くことで空間が変わり、50年後にはすべて朽ちてなくなる。物理的な構造体が消えても、そこで過ごした時間と記憶が「空間」として残る。建築の寿命と、記憶の寿命は、必ずしも一致しない。

ちなみに展示の模型が良く目にする建築模型と大きさが違うのには、理由がある。街全体への社会的影響を捉えるには広域のスケールが要るし、人の体験や、小さな生き物と人との関係を描くには、思い切り拡大した表現が要る。この「スケールの行き来」こそ、ランドスケープの難しさであり、面白さなのだ。


「炭鉱の絆を、まちの形へ」B3次コンペ
製作者:池田敦、小野尾果南、金山聡瑛、田谷心音、森田皓稀(現B4)
■ 見に(体験をしに)来た人のことを、ミシュランの3つ星シェフくらい考える

戸村研の展示には、もうひとつ徹底された哲学がある。それは「伝わらなければ、意味がない」というものだ。

壁一面で伝えられることには限りがある。だから、専門的で難しい言葉ではなく、絵本を読むように読みやすい言葉を選ぶ。文字のサイズ、レイアウト、マスキングの一つひとつまで、来場者の目線を想像してつくり込む。仲間内では、こんな言葉が飛び交ったという――「見に来た人の体験するであろう感覚を、とことんまで、ミシュランの3つ星シェフくらい考えている」。






伝わらなかった案は、無かった案と同じ
設計案が優れていることと、それが伝わることは、まったく別の能力だ。多くの学生は前者にすべてを注いで、後者を「おまけ」だと思っている。だが実際は、伝わらなかった案は、存在しなかった案とほとんど同じだ。プレゼンボードの余白は、あなたの設計力の一部である。
その結果、彼らの展示は「読み切れる」ものになっていた。学生作品にありがちな、作品を見ている途中で読み解きの難易度が高く、消化不良を起こして帰ってしまいそうな感覚が生まれない。相手の目線に立つこの習慣は、卒業後にも効いてくる。「PDFだと開いてもらえないから画像で送る」――そんな細部にまで、相手目線が染み付いていた。

■ 「アワーボス」と、一期生たちの3年
学生たちが語る戸村先生像は、大学の指導教員というより、設計事務所のボスに近い。実際、彼女たちは冗談まじりに「アワーボス」と呼ぶ。フレンドリーで、教授とは思えないほどフラットに話し合える。海外での経験もあってか、敬語や立ち居振る舞いにはうるさくない。けれど設計に向き合う態度に対しては、とことん言ってくる。

そう話してくれたのは、この研究室一期生の大学院2年生だ。入りたての頃は、10人いた学生を一人ひとり付きっきりで見てもらった時期もあったという。だからこそ「頑張ろう」と思えた。設計が嫌いだった人が、設計で評価されるまでに育つ。そんな変化を、彼らは何度も目にしてきた。

研究室選びは、人との出会いでもある
研究室を選ぶとき、私たちはテーマや実績を見比べる。けれど本当に人生を動かすのは、「この人のもとで、もう少しやってみたい」と思わせる誰かとの出会いだったりする。それは入ってみないとわからない。だから、迷ったら飛び込んでみる価値がある。

来年は、二期生たちが最上級生として展示を引っ張る番になる。掲げたいのは二つの方向だ。ランドスケープが持つ社会的なスケールの大きさと、庭のようなささやかな豊かさ。人だけでなく、植物や川、海といった自然にもフォーカスする分野なのだという手触りを、絵だけでなく内容としても伝えたい。そして、ただ展示するのではなく、見てくれている人に、こちらから声をかけていく。
■ 戸村先生の見ている景色

研究室での学びを通じて学生たちに得てほしいのは、単なる知識や技術ではないかもしれないです。「設計そのものを心から好きになること」、そして「自らの表現に対して決して妥協せず、最後まであきらめずに向き合い抜く強さ」だと思います。彼らの学びたいと思う気持ちには全力で向き合いますし、彼らのことは信頼しています。だからこそ、自信を持って社会へと送り出してあげたいです。
ランドスケープデザイン 戸村研究室 戸村 英子准教授

Tomura Eiko
戸村 英子准教授
工学院大学 建築学部 まちづくり学科
大学院 工学研究科 建築学専攻
- 研究室
- ランドスケープデザイン 戸村研究室
- キャンパス
- 新宿
- 研究キーワード
- ランドスケープアーキテクチャ / 環境や現象との統合 / ぼやけた境界線 / 多様なスケール
- 主な研究テーマ
- 環境や現象をデザインと統合する研究
デザインの多様性の研究
人間行動、社会計画を誘発する形状の研究 など
About / 戸村 英子
1978年東京生まれ。ペンシルバニア大学大学院でランドスケープアーキテクチャを学ぶ。修了後はWRT(アメリカ)、Mosbach Paysagistes(フランス)、石上純也建築設計事務所(日本)に設計スタッフとして勤務。
Mosbach Paysagistesではルーヴル・ランスや台中中央公園を、石上純也建築設計事務所では栃木県那須の水庭などを担当。2017年に戸村英子設計事務所を設立し、屋内外やスケールを問わず、国内外でさまざまな設計を手がける。ロンドンのランドスケーププロジェクト「カムデン・ハイライン」や、チェコのエネルギー会社ZEVOによるエネルギーパークなどの国際コンペティションでファイナリストに選出。また、杉本博司のもとでハーシュホーン博物館と彫刻の庭(ワシントンD.C.)の植栽設計を担当した。
2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)では、展示施設のひとつで中庭の設計や台湾のプロジェクトを手がける。2023年度に工学院大学准教授に着任。
多様な視点からランドスケープをデザインする
ランドスケープという境界線を曖昧にする時、空間の境界線だけでなく、風景、時間、環境の境界線をも曖昧にすることです。境界は空間をつくる要素であるが、物理的で固定的なものだけではないはずです。境界の曖昧さを考えることは、そこにあるべき空間や時間に、新たな可能性を与えることに等しいと考えています。「ぼやけた境界線」や「多様なスケール」をテーマに、空間として、景色として、環境として、多層のランドスケープのあり方を考えています。
関連する持続可能な開発目標(SDGs)
- 05ジェンダー平等を実現しよう
- 13気候変動に具体的な対策を
- 14海の豊かさを守ろう
- 15陸の豊かさも守ろう
- 16平和と公正をすべての人に
■ おわりに ―― 答えを、自分で育てるということ

戸村研の学生たちの話を貫いていたのは、「答えは、外からもらうものではない」という一点だった。先生は答えを言わない。だから自分で手を動かし、話し合い、突き返され、また考える。その不自由なプロセスのなかで、彼らは「曖昧な境界」という自分だけの言葉を育て、庭を、街を、水辺をデザインしてきた。
設計に正解はない、とよく言われる。それは慰めではなく、招待状だ。あなたが「なんとなく心地いい」と感じているあの風景、あの余白、あの気配。それを言葉にして、手を動かして、誰かに突き返され、それでも曲げずに持ち続けたとき――それはもう、あなたの設計思想になっている。

次に設計課題で行き詰まったら、検索窓を閉じて、自分の原風景を思い出してみてほしい。答えは、たぶんそこにある。
取材・文:細勢恭輔(中島智研究室 2022年卒業生)
■ 開催情報 ── ARCHITECTURE WEEKS 2026(会期は終了しております)

この記事で紹介した戸村研究室の展示は、工学院大学建築学部が新宿キャンパスで開催する研究展示「ARCHITECTURE WEEKS 2026」の一環として行われたものです。開催は今年で2年目。建築構法、都市デザイン、住環境、ランドスケープ、インテリアデザイン、保存・再生など、9つの研究室が週替わりのリレー形式で学生の研究成果を発表します。
開催概要
- 名称
- ARCHITECTURE WEEKS 2026
- 会期
- 2026年4月18日(土)〜6月13日(土)
※研究室ごとに展示期間が異なります - 戸村研究室
- 5月16日(土)〜5月23日(土)/「TOMU LABO 2026」
- 会場
- 工学院大学 新宿キャンパス 地下1階 B-ICHI
※初田研究室のみ 1階アトリウム南側階段付近 - 住所
- 東京都新宿区西新宿1-24-2
- アクセス
- JR「新宿駅」西口より徒歩5分
京王線・小田急線・地下鉄各線「新宿駅」より徒歩5分
都営大江戸線「都庁前駅」より徒歩3分
西武新宿線「西武新宿駅」より徒歩10分 - 入場
- 自由(申込不要)
- 主催
- 工学院大学 建築学部
参加研究室と展示スケジュール
| 4/18(土)〜4/24(金) | 野澤研究室(まちづくり学科)/都市デザイン |
|---|---|
| 5/8(金)〜5/14(木) | 岩村研究室(建築学科)/建築生産 |
| 5/16(土)〜5/24(日) | 塩見研究室(建築デザイン学科)/インテリアデザイン |
| 5/16(土)〜5/23(土) | 戸村研究室(まちづくり学科)/ランドスケープデザイン |
| 5/25(月)〜5/30(土) | 伊藤研究室(建築デザイン学科)/建築デザイン |
| 5/26(火)〜5/30(土) | 遠藤新研究室(まちづくり学科)/都市デザイン |
| 6/2(火)〜6/12(金) | 冨永研究室(建築デザイン学科)/インテリアデザイン |
| 6/2(火)〜6/13(土) | 樫原研究室(建築デザイン学科)/建築デザイン |
| 6/2(火)〜6/12(金) | 初田研究室(建築デザイン学科)/保存・再生デザイン |