• 旅の追憶
  • 建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。建築を学ぶ学生さんや建築が好きな人向けの旅行ガイド(JIA関東甲信越×LUCHTAコラボ企画)

[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築06|慶野正司

「旅の追憶」
Webで簡単に情報を集められる時代、スマホやタブレットを開けば世界中の建物を目にすることができます。しかし、建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。今はコロナ禍でなかなか旅行ができませんが、行ける時が必ずやってきます。ぜひ次の旅の参考にしてください。

憧れのバルセロナ・パビリオンを訪ねて

洋食器工場の家業を継ごうと工業高校機械科に入学した50年前。その1970年代は日本の高度成長期の終盤であり空前の建築ラッシュでもあった。そんな時代に触発され、そもそも「もの」を作ることに興味があった私は意をけっして大学建築学科に進学した。

当時、建築学科では真っ先に学ぶのが近代建築の3大巨匠(ライト、コルビュジエ、ミース)である。その目にする建築写真の全てが建築に対する一般的概念とは大きく異なり、特にミースの「ファンズワース邸」や「バルセロナ・パビリオン」には『これが建築なのか!?』と強い衝撃を受けた。壁版と屋根版とガラス、これしかない!こんな少ない要素だけで建物ができるのか?しかも心地よさそうな空間が成り立っている様には魅了され、こんな建築に触れてみたいと衝撃にかられ建築の魔界にはまっていったことを思い出す。

大学卒業後、建築にのめり込むきっかけとなった「バルセロナ・パビリオン」をなんとか見たいと思いつつも、1929年バルセロナ万博終了直後に解体されており、当時それは叶わなかった。しかし、建物の価値を訴える建築家グループによって1986年に再建され、現在はミース・ファン・デル・ローエ記念館として公開されている。やがて時が経ち、ついに念願かなって2015年2月にようやく訪れることができた。

夜バルセロナ到着後、翌日真っ先に向かった。パビリオンは「モンジュイックの丘」入り口の広場の一角にあり、目的地へは地下鉄で容易に辿り着くことができた。万博当時と同じ場所に再建したとのことであり、取り組んだ方々の意識の高さがうかがえる。向かう道中、まるで憧れの人に出会うような高揚感があったのは言うまでもない。『あっ!あれだ‼』トラバーチンの基壇、緑の大理石壁、水平屋根版で構成された端正な表情で佇んでいる姿が見えた途端に歓声をあげながら小走りに近づいていった。やはりどこから眺めても美しいプロポーションだ。時間が早くまだ開場していないため外観を見回ると想像通りの切れ味良い空間を覗くことができた。やがて受付係員がお待たせしましたとばかりに笑顔で迎え入れてくれた。

モダニズム建築の最高傑作

基壇から内部を見る(2015年撮影)

「バルセロナ・パビリオン」はドイツ人建築家・巨匠ミース・ファン・デル・ローエにより、1929年バルセロナ万博のドイツ館として建てられた。パビリオンでありながら展示品のための建物ではなく、レセプションホールであったとのことで正にパビリオン自体が展示品であったと言えよう。

当時、19世紀以前の建築様式に頼らない現実的な建築をつくろうとする考え方から生まれたモダニズム建築の最高傑作である。建物は水平の薄い屋根を8本の十字形断面のスチール柱が支えており、そこに非構造体の石壁やガラス壁が自由に配置され、内外部にわたって流れる空間を作っている。また「Less is more(少ないことは、より豊かなこと)」や「God is in the detail(神は細部に宿る)」など有名な言葉が示す通り、極限的に無駄なものを削ぎ落しつつ細部にまで拘ったシンプルな建物であり、その魅力は今も全く変わっていない。

空間を体験する

トラバーチンの基壇に上るとまず風景を映す大きな水盤が印象的に目に入る。順路は決まっていないが大理石壁に導かれるように自然に内部にアプローチした。進む目線の先には、奥に壁に囲まれた屋根のない水盤空間を正面に、左には模様を揃えた大きな赤いオニキス壁が支配的にたち、そして振り返ると壁の先の切り取られた風景へと空間が流れていく。まさに建物内外を通して魅力的な風景が移り変わる。

壁沿いに誘導されるメインスペース(2015年撮影)

直線で構成される現代的な象徴空間に水盤の裸婦像は空間にスケール感と柔らかさを与え、置かれているバルセロナチェアは人の振舞いを感じさせてくれる。しばらく、ここで過ごす心地よい時間を体験した。その後は壁に沿い、ガラスに沿いただただ導かれるように歩き回っていた。こんなにも、どこを切り取っても美しく、その先に進む好奇心を刺激される空間はかつて経験したことがなかった。

メインスペースから続く屋外水盤空間(2015年撮影)

ある程度、空間を想像できていたがそれを上回る感動の連続であった。やはり建築はリアル体験で得るものが大きいことも実感した。けっして大きな建物ではないが2回も3回も巡り噛み締めるような空間体験はやはり建築家の性なのであろうが、ぜひ歩き回ることをお勧めする。最後に水盤の奥にある小さなミュージアムショップに立ち寄り、言葉の通じないコミュニケーションを店員と交わしながら記念に購入した腕時計は今でも大切に使っている。

誘導される回遊空間(2015年撮影)

そして…

このように削ぎ落した骨格で空間をつくり、その有機的構成が空間を豊かにするという考え方は今でも変わらず私の建築計画の根底にある。
「バルセロナ・パビリオン」正に私の建築家人生の礎と言える建物である。

バルセロナ・パビリオン
Barcelona Pavilion

正面全景(2015年撮影)

所在地
スペインバルセロナ

設計者
ミース・ファン・デル・ローエ

竣工年
1929年

文・写真:慶野正司+アトリエ慶野正司

この連載は、JIA関東甲信越支部広報委員会とLUCHTAの共同企画です。

著者紹介

慶野正司(アトリエ慶野正司 一級建築士事務所)
JIA正会員
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略歴
1957年 1月1日 生まれ
1979年 3月関東学院大学工学部建築学科 卒業
1980年 5月(株)アビナ・アソシエイツ一級建築事務所 共同設立(横浜市)
1984年 2月アトリエ慶野正司 一級建築士事務所 設立
1988年 2月有限会社 アトリエ慶野正司 一級建築士事務所 代表取締役
現在に至る

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