[連載]なにもしない時間のみえない建築02|堀越優希

[連載]なにもしない時間のみえない建築|堀越優希
新しい空間の糸口は、何気ない毎日の生活、いつも通る道にあるのかもしれない。しかしどうしたらそれらが見えてくるだろうか。建築家の堀越優希は、建築設計の傍ら、住まいである東京を中心とした都市の風景画を独自のスタイルで描いてきた。このドローイングは、都市の観察術であり、アンコントローラブルな都市を再構築する介入行為にも見える。これはそんな、建築・都市とどのように向かい合っていけるかを模索する一人の建築家による、ドローイングとエッセイの連載である。

「未視感をつくる散歩」

私は散歩が好きだ。しかし、散歩をしようと思ってわざわざ出かけることはあまりない。「散歩」と「移動」の違いは目的の有無にある。ふとした瞬間に、なんとなく足が向いてしまうような状態が、理想的な散歩の気分だと思う。

どこかへ向かう途中にこのような散歩の気分になることもある。たとえば誰かと待ち合わせをした際に、時間が余ったので少し寄り道をするだとか、わざと遠回りをしてみるといったことが挙げられる。宙に浮いた時間に不意に訪れる気分が、ここで語りたい「散歩」の気分である。こうした散歩の状態では、ただ移動している時とは異なる感覚になる。

日常生活の中で、どこか目的に向かって移動しているときは、余計な情報に惑わされないようにできるだけ多くの感覚を遮断している。当たり前の話だが、いちいち目の前のものに気を止めていたら生活などしていられない。ある場所を何度か訪れたとき、一度目よりも二度目以降のほうが、距離が近く感じないだろうか。それは、不必要な感覚を遮断することで、その経路の空間にある情報が整理されているからだ。また、空港や鉄道の駅などは「移動」に特化した空間であり、目の前の空間を観察せずとも、掲示されたサインを追うことで目的地への到達が可能となっている。
 一方で、子供はすぐ道端のものや見慣れぬ景色に興味を惹かれてしまい、なかなか大人のようにスムーズな「移動」ができない。感覚の遮断をコントロールできない子供は、大人と比べ「移動」と「散歩」の境界がすこし曖昧である。
しかし、移動の目的が空白な「散歩」では、そのような情報整理をする必要がなくなる。むしろ退屈を紛らわせるため、積極的に観察を行い空間から刺激を受けようという気分になる。目に見えるものだけではなく、暑い日差しを避けたり、心地よい風に誘われてみたり、より身体的な欲求と空間の結びつきが強くなる。

私の以前の職場は忙しく、海外のプロジェクトを担当していたこともあって、深夜に帰宅することが多かった。ある時、終電はなくなったがどうしても帰りたくなり、都心を3時間ほどかけて歩いてみた。するとこれが思いの外心地よく、未だにときどき夜中の街を歩いて帰宅している。
 午前3時から4時にかけてのオフィス街や住宅街に人影はほとんどない。とはいえ、廃墟とは違いうっすらと昼間の気配が残っているようでもあり、まるで別次元の世界に迷い込んだかのようであった。他人からの目線を一切気にせずにこうした空間を歩いていると、山の森をひとりで歩いているときのように、まわりの風景に五感が開かれているような感覚を得た。普段見慣れてきたはずの街並みを、旅先で観光しているような気分で楽しむことができ、以来、東京の都市にはこのような一面もあるのだと、昼間の風景を見る目も変わってしまった。
 普段と違う感覚で歩くことで、見慣れたはずの風景がひっくり返るというのはとても衝撃的な経験だった。それ以降、日常の中の風景に対する感覚が鋭くなったと感じている。

空間に対して開かれた感覚の状態で歩いていると、普段気がつかなかったことを発見したり、当たり前のものとして見過ごしてきたものに面白さを見出したりすることができる。こうした意味において、「散歩」とは、空間の発見を促す一種の観察術といえるだろう。
 ところで、知らないはずの場所に既視感を覚えることをデジャブと言うが、その反対に見知った場所に未視感を覚える現象をジャメブというらしい。「散歩」の醍醐味は、このようなジャメブまで到達するところにあると思う。未視感の視点の発見とは、観察を超えたあらたな風景の創造であるともいえる。

私の好きな空間は、何度行っても新たな発見があり、どんな気分でも懐深く迎え入れてくれるような、多様な場所を孕んだものである。このような質の高い空間には、散歩の気分を誘発し、ジャメブを起こさせるような仕掛けがあるのではないかと思っている。

『中景360-1/Middle Landscape 360-1』

車の侵入がない路地奥には、ほかの道とは異なる時間が流れている。周囲の住宅からこぼれてくる気配にはグラデーションがあり、気圧されつつも奥へと進む。すると、完全に「内部」に入ったと感じるような場所に入り込む事がある。疎外感が開放感へと反転し、風景に親しみを感じる。

Spherical Image – RICOH THETA

文・画:堀越優希
編集:山道雄太

著者紹介

堀越優希(ほりこし・ゆうき)
建築家(一級建築士)/1985年東京生まれ。2009年東京藝術大学美術学部建築科卒業。2010年リヒテンシュタイン国立大学留学。2012年東京藝術大学大学院修了。石上純也建築設計事務所、山本堀アーキテクツを経て、2019年独立。主な担当作品に、《Polytechnic Museum, Moscow》《東京藝術大学Arts & Science LAB.》《小高交流センター》などがある。主なドローイング作品に、絵本『家の理』(作画/著・難波和彦、平凡社、2014)、教科書『PROMINENCE』(挿画/東京書籍)、音楽CDアートワークなどがある。
https://yukihorikoshi.tumblr.com

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