• 旅の追憶
  • 建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。建築を学ぶ学生さんや建築が好きな人向けの旅行ガイド(JIA関東甲信越×LUCHTAコラボ企画)

[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築05|鈴木弘樹

「旅の追憶」
Webで簡単に情報を集められる時代、スマホやタブレットを開けば世界中の建物を目にすることができます。しかし、建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。今はコロナ禍でなかなか旅行ができませんが、行ける時が必ずやってきます。ぜひ次の旅の参考にしてください。

はじめに

私は、城下町で家長制度が色濃く残る田舎町に育ちました。そのような理由で、高校は普通高校には行かせてもらえず、工業高校の建築学科しか受験が許されませんでした。その当時は、外国人など一度も見たことがなく、設計は建築士がするもので、建築家の存在すら知りませんでした。建築学科で勉強をはじめ、世界には有名な建築家がいることやその一人としてフランク・ロイド・ライトがいることを知りました。その当時は、建築家はユニークな建物をつくる人たちなんだと誤解していましたが、「落水荘」に関しては、滝の上に建物があり、自然と一体となった姿は、非常に気に入り、印象に残った建築でした。その後、東京の大学の建築学科に進学し、改めて専門知識をさらに勉強することになりました。私は、建築設計に興味がある一方、空間から受ける印象などがどのようにかたちづくられていくのかに非常に興味を持っていました。それは今では、空間心理(空間を人がどう感じるか)、空間認知(空間をどう記憶するか)として大学で研究していますが、そのきっかけになったのが、大学時代の恩師、船越徹先生の講義でした。建築論の授業で、とりわけ先生のお気に入りが、フランク・ロイド・ライトとアルヴァ・アアルトの作品で、そのキーワードはシークエンシャル(連続景)な空間でした。

「落水荘」の授業

先生の細かい講義内容は、正確には覚えていませんが、概ねこのような講義内容でした。

「落水荘」のすごいところは、建物は通常、土地の上にあるものだが、「落水荘」は滝の上、川の上にある。川の線的な流れに居間が一体になっている空間はここだけにあり、唯一無二の空間である。特に人が訪れたとき居間に誘導する空間が非常によくできている。橋を渡ると居間と滝の上が見えるが、いったん、回りこませることにより、期待感を上げる。入口は狭く暗く天井が低い空間を体験させ、次に曲がって見えてくるのが居間だが、その手前でいったん、空間の雰囲気を変えるために、階段を少し降りて、それほど高くない天井高を高く感じさせる工夫がなされている。窓は大きめにとり、目線上になるべく線を入れないように工夫した窓のデザインで、また、テラスとは段差をあまり設けず内外の連続した設計になっている。暖炉の前は特に天井高を高くし、家族が集まりやすい工夫がされている。上の階に上がる階段は、人を誘うように少し段が出ており、手すりもそれを誘導するようなデザインになっている。などなどです。私の「落水荘」への思いは、この時からより強くなりました。また、私の設計感や研究感は、先生の授業内容が強く影響していますが、特に建物の設計の時、空間をシークエンシャルに想像しながら設計するようになったのは、この時からです。

いざ「落水荘」実体験!行ってみないとわからない。

アプローチ(2011年)

私が、「落水荘」に訪れたのは2011年5月でした。長年思った恋人に会うような感じで、また、私が試されているようで、見たい気持ちと、見るのが怖い気持ちがあったことを覚えています。実際の空間は、まさに先生がおっしゃっていたことが随所に確認でき、また、それまで私が勉強して聞いた知識が確認でき、感動しました。一方で行ってみないとわからないこともあり、実際の居間から聞こえる滝の音がイメージよりずいぶん大きかったことを鮮明に覚えています。確かに居心地の良い空間となっていますが、この滝の音は人によっては、うるさくて気になるかもしれないと思いました。上の階は寝室になっていますが、下の階にある居間が緩衝帯となり心地良い水の音が聞こえる感じでした。

音声付き映像

  • 橋から落水荘を見る(2011年)

今でも、好きな建築を一つ上げるとすれば、「落水荘」で決まり

  • 居間(2011年)
現在は、大学の設計系教員をしながら、設計活動と研究活動は同じウエートで活動しています。2021年3月には、日本建築学会空間研究小委員会で、私が編集委員長を務めた『空間五感』が発刊されました。空間は視覚だけではなく、聴覚や触覚、その空間で食事をすれば味覚や嗅覚も含めその総合作用が空間体験や追憶として記憶されます。私が長年思い描いていた「落水荘」のシークエンスのシミュレーションを体験できた時の感動は、「空間五感」として大変素晴らしいものでした。体験後は、建築を勉強するために学生時代に購入した『フランク・ロイド・ライトの住宅』 (第4巻) Fallingwaterや『GAフランク・ロイド・ライト全集』(全12巻)を、時折、気分転換に頭の中でシークエンシャルに空間体験(追憶)しています。旅は、情報をもとにイメージ体験(想像)し、実体験した後もその情報を加えて設計活動の糧や心の糧にするのが良いと思います。
  • 人を誘う階段ディテール(2011年)

後日談

後日談として、ある方から、船越先生は一度も「落水荘」には行ったことがないと聞いて、え-!と大変驚きました。先生が授業でよどみなく語っていた楽しい話は、実体験を話していたものと微塵も疑いませんでした。授業での話は、先生が図面や写真を何度も繰り返し見て、頭の中でイメージしたもので、先生の頭の中では、実物よりも完璧なものに仕上がっていたのかもしれません。船越先生はもうお亡くなりになったので、今は確かめようがありませんが、改めて建築家の想像力はすごい!

落水荘
Fallingwater

「落水荘」は、20世紀を代表する建築家の一人であるフランク・ロイド・ライトが設計し、彼の作品の中でもっとも有名な建築として「落水荘」は広く知られています。また、近年、フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群(現在8つの作品。今後も追加される可能性があります)として世界遺産に登録されました。のびやかな水平線を強調したテラスと石を積んだ垂直の壁で構成され、周りの景観に溶け込んでいます。何と言っても、敷地選定とその空間の活用が、最も重要なポイントになります。ライトは、施主が持つ広い敷地から滝の上の場所を選び、「落水荘」が実現されました。

所在地
アメリカ合衆国 ペンシルベニア州(ピッツバーグ郊外)

設計者
フランク・ロイド・ライト

竣工年
1939年

文・写真:鈴木弘樹+千葉大学

この連載は、JIA関東甲信越支部広報委員会とLUCHTAの共同企画です。

著者紹介

鈴木弘樹(千葉大学 鈴木弘樹研究室)
JIA正会員
鈴木弘樹研究室 HPはこちら
略歴
東京電機大学工学部第一部建築学科 卒業
東京電機大学大学院理工学研究科建設工学専攻
修士課程 修了
栗生総合計画事務所
博士(工学)東京大学
千葉大学工学部デザイン工学科 助手
千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻 助教
千葉大学大学院工学研究科建築・都市科学専攻 准教授
現在に至る
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