• 旅の追憶
  • 建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。建築を学ぶ学生さんや建築が好きな人向けの旅行ガイド(JIA関東甲信越×LUCHTAコラボ企画)

[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築04|会田友朗

「旅の追憶」
Webで簡単に情報を集められる時代、スマホやタブレットを開けば世界中の建物を目にすることができます。しかし、建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。今はコロナ禍でなかなか旅行ができませんが、行ける時が必ずやってきます。ぜひ次の旅の参考にしてください。

建築と風景を見る自分、ふたりの自分

もともと大学の学部時代に景観工学/風景論の分野から空間デザインの世界に足を踏み入れ、留学先の大学院で建築を修了した私は、旅をするときの目線も「建築」を見る自分と、「風景」を見るふたりの自分がいるようです。寸法を測りつつ素材を観察し、建築の構造やディテールを読み取ろうとする自分と、人々の生活の風景や歴史風土に思いを馳せながら身体で感じることを人一倍大切にしたい自分、のふたりです。

さて、今回は「修道院」への旅の記憶を辿りました。イタリアの作家・記号学者であるウンベルト・エーコの『薔薇の名前』はヨーロッパ中世の修道院を舞台にした重厚な小説ですが、風景について学んでいた学部時代に読み、修道院について興味を抱くきっかけになりました。その後留学した大学院の建築理論の授業で、修道院という場所(制度)が、修道士たちの聖務日課=今でいう「時間」の概念を生み出したということを学びました。修道院の特徴は、その建築の空間構成だけではなく、共同生活や祈りや学び、生産の場でもあり、さらに時間という制度=文化を生み出した場であったことを知り、さらに関心が深まったのです。

そんな経緯もあり、2014年に訪れたフランスでは、パリに滞在した後、ブルゴーニュ地方の街ボーヌへ向かう途中(ブドウ畑の景観を見たくて、そして本場でピノ・ノワールのワインを堪能したくて、というのが本音)、モンバール駅で下車してタクシーで15分程度、念願のフォントネーのシトー会修道院へ足を伸ばしました。装飾を排した簡素なボリュームが生み出す豊かな光の陰影も忘れられぬ建築の経験であると同時に、水車を利用した共同作業場をはじめ、修道士たちの生活を想像し、今風に言えば「シェア」あるいは「コモン」のあり方の歴史の重みを肌で体感できたことが強く印象に残っています。

翌日は、パリからTGVで南下して一路リヨン中央駅へ。ローカル線に乗り換えてラルブレル駅で下車、近代建築の名作であるラ・トゥーレット修道院へと続く丘をのどかな農業景観のなかゆっくりと歩いて登りました。決して用意周到に計画したわけではなかったのですが、フォントネー修道院を見たその翌日に、ラ・トゥーレット修道院を見学できたのも、時代をまたいで想像力をはたらかせる意味で幸運だったように思います。

2015年秋には、「幸福の国」として知られるブータン王国へと旅する機会に恵まれました。千葉工業大学とブータン政府公共事業省の中部シェムガン地方のトン集落の共同調査に建築・景観の専門家のひとりとして参加させていただいたのです。

西部のティンプーやパロから未舗装の「ハイウェイ」を車に揺られて10時間近くかけて深夜にたどり着いたのは標高2000m近い山村でした。そこで数日を過ごし、学生のみなさんとともにブータン伝統建築の実測や生活、景観の共同調査を行いました。

集落の調査の他にも、各地で寺院建築を見学する機会に恵まれました。なかでもゾンと呼ばれる行政府と僧院が複合した独特の建築は特徴的で、アジアにおける修道院・僧院建築を実際に体験することができました。蛇足ですが、日本における修道院に近しい事例である、曹洞宗の大本山永平寺(福井県)の七堂伽藍を未だ訪れていないことが、私にとっての目下の宿題です。

いまの社会状況ですぐに海外へというわけにはいかないかもしれませんが、まずは国内でも、身近な場所でも良いので、この記事を読まれる学生の方々には、自分の興味の赴くままに現地へ足を向けてほしいと思います。衝動的で良いのです。ほんとうの目的や成果など、数年先や数十年先になってわかることかもしれないし、それで良いのですから。

  • フォントネー修道院の僧房(2014年撮影)

フォントネーのシトー会修道院
Abbaye de Fontenay

庭園より左に僧房、右に教会を見る(2014年撮影)

フォントネーのシトー会修道院は、ブルゴーニュの北に位置する現存する世界で最古のシトー会修道士の修道院です。早くも1981年にユネスコ世界遺産に認定されています。華美な装飾を排したこの建築は、最盛期には200人が自給自足の生活を営んでいたシトー会修道士の清貧の思想を今に伝えています。中庭と回廊を背にして教会が建ち、回廊の周りには僧房(修道士寝室)をはじめとして総会室、食事室、図書室などさまざまな部屋が配されています。修道士たちは与えられた土地で自給自足の生活を送り、さまざまな食物の栽培、牧畜、製鉄などを行っていました。修道院は先進的な生産組織でもあり、土地を開墾し、農業を営み、ワインや蒸留酒等を生産し、社会へ供給もしていたのです。それは、巡礼のための宿舎でもあり、貧しい人々のシェルターでもあり、かつ芸術や学問など、知の中心として学校のような役割も果たしていました。さまざまな機能やプログラムが複合した建築としてそのあり方は現代においてもいまだ示唆的だと感じます。
所在地
フランス、モンバール(ブルゴーニュ地方コート=ドール県)

竣工年
1118年

ラ・トゥーレット修道院
Couvent de la Tourette

リヨン市内を望む丘に建つ(2014年撮影)

ラ・トゥーレット修道院はカトリック・ドミニコ会の修道院であり、修道士のための瞑想、学び、祈りの場として設計された、ル・コルビュジエの後期の代表作です。僧房、教会堂、回廊、図書室、食堂、厨房などの各機能が、アトリウムや中庭を囲む廊下で繋がっています。シトー会のル・トロネ修道院を参考に設計したと言われていますが、回廊と中庭という伝統的なロマネスク修道院の建築様式を参照しつつ、コンクリートのボリュームやピロティを縫うような立体的な動線と、絶え間なく変化する光と風景のシークエンスが、現代においてもなお新鮮な空間体験を与えてくれます。

所在地
フランス、エヴー(リヨン郊外)

設計者
ル・コルビュジエ

竣工年
1960年

プナカ・ゾン
Punakha Dzong

川の対岸よりゾンを望む(2015年撮影)

「ゾン」とは、チベット文化圏における城塞、僧院、行政府の機能を併せもつ独特の複合施設です。プナカ・ゾンは、ブータン国内で2番目に古く、また2番目に大きなゾンで、「父川(ポチュー)」と「母川(モチュー)」の合流点に位置しています。1637年にブータン建国の父であるガワン・ナムゲルによって建造が開始され、300年以上の歴史を持っています。中庭中央のウツェと呼ばれる高楼を囲むように中層の建物が並び、最奥部にキンレイ(大講堂)が建っています。その外壁には美しい曼荼羅が描かれていますが、施設全体がある世界観を表現した美しい立体的な曼荼羅のように感じられました。

所在地
ブータン、プナカ

竣工年
1638年

文・写真:会田友朗(アイダアトリエ)

この連載は、JIA関東甲信越支部広報委員会とLUCHTAの共同企画です。

著者紹介

会田友朗(アイダアトリエ)
JIA正会員
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略歴
1975 東京都生まれ
1993 東京都立国際高等学校卒業
1998 東京工業大学工学部社会工学科卒業
1999 石坂財団奨学生として渡米
2001 Pratt Institute, School of Architecture卒業(B.Arch)
2003 Harvard University, Graduate School of Design修了(M.Arch)
2003 Studio Daniel Libeskind
2004 スタジオノード株式会社共同設立
2009 株式会社アイダアトリエに改組 代表取締役
非常勤講師(千葉大学、東京電機大学、芝浦工業大学)

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