[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築 02|関本竜太 リオタデザイン
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アールトはミステリー
北欧フィンランドが生んだ近代建築の巨匠アルヴァ・アールトの建築について、皆さんはどう思いますか?よく分からないという答えが返ってきたとしたら、私はその人に強く共感します。アールトはミステリーなのです。
私はフィンランドに留学をして、帰国後に独立をしました。今ではアールトは私にとって目指すべき建築の師のような存在ですが、正直に言うと、学生時代は北欧はおろかアールトにはまったく興味がありませんでした。
大学の近代建築史の授業で、教科書に載っていたアールト設計によるパイミオ・サナトリウムのモノクロ写真を見たときは「団地みたい」だと正直思いました。同じく近代建築の巨匠と言われるコルビュジエやライト、ミースなどと比べても、どことなく垢抜けない印象があったのです。
私はその後設計事務所勤務を経てフィンランドへ渡りましたが、それもアールトが好きだったからではありませんでした。
将来は独立したいと漠然とした思いを抱きつつも、20代の頃の私は自分がどういう建築を作りたいのか、どういう建築家になりたいのかというビジョンがなかなか定まらずにいました。そんな時、1999年にはじめて北欧(デンマーク・スウェーデン・フィンランド)に旅行をしたのですが、それが結果的に私の人生を決定づけることになりました。これまで出会ったどの建築とも異なるものがそこにはあったのです。
特に最後の地フィンランドで出会ったユハ・レイヴィスカをはじめとした現代建築家の建築や、その風土、人々の人間性などに魅了され彼の地への留学を決心しました。
留学中にはフィンランド国内の建築をくまなく見て歩きましたが、その中で訪れたアールトの初期の作品の数々にも、次第に心動かされてゆきます。中でもパイミオ・サナトリウムには大きな衝撃を覚えました。皮肉にも、教科書を見て団地みたいだと思ったあの建築です。
パイミオ・サナトリウム(1933年)はアールトが弱冠35歳の時の作品です。フィンランドに留学していた当時の私は30歳でしたので、実績も自信もなかった当時の私にとって、30代でこれほどまでの仕事を残すということがどういうことかはよくわかりました。
彼はただ建物を設計しただけではなく、この建物のために照明器具やレバーハンドル、家具などもすべて自分でデザインして作り出しています。時代背景こそ違えど、自分と同じ世代であった当時のアールトの境遇に思いを馳せ、自分に足りないものや建築への熱量のようなものを見せつけられたような気がしました。
私が知る限り、アールトほど実際に見ないとわからない建築家はいないと思います。かつてアールトには興味がなかった私が、これほどまでに嵌まるのですから間違いありません。そしてその時はわかったつもりでも、アールトの建築にはトラップがいくつも仕掛けられていて、しばらくすると「??」がいくつも頭に浮かんできます。それが冒頭の「アールトはミステリー」の意味です。私はマイレア邸にはすでに10回以上足を運んでいますが、いまだによく分かっていません。
建築人生の中で、そういう建築や建築家と出会えるということは、本当に幸せなことだと思います。
マイレア邸
Villa Mairea
パイミオ・サナトリウムからわずか6年後に完成した、20世紀最高の住宅と呼ばれるマイレア邸は、のちにアルテックを共同設立する実業家のグリクセン夫妻のために設計された住宅です。
先のパイミオ・サナトリウムでは、アールトは当時の前衛的な建築ムーブメントであった近代建築主義を大胆に取り入れた建築を設計しましたが、このマイレア邸では一転して、土着的とも言うべきフィンランドの民家に着想を得た建築構成を試みています。それは母屋とは別にログのサウナ小屋を建て、湖に見立てたプールを中庭に作り出すというものでした。ある意味フィンランドの原風景としての建築であり、それはユニバーサルな建築のありかたを目指した近代建築主義とアールトが決別した瞬間でもあるような気がします。
建築は内部空間も含めて予約制にて見学が可能ですが、残念ながら現在は内部撮影ができなくなってしまいました。ぜひ直接足を運んで、そのしっとりとした上質な空間を目に焼き付けていただきたい住宅です。
所在地
Finland, Noormarkku
設計者
アルヴァ・アールト
竣工年
1939年
セイナッツァロの役場
Säynätsalo Town Hall
その後もアールトの快進撃は続きますが、次にご紹介する「セイナッツァロの役場」はそのターニングポイントに位置づけられる作品です。世界的巨匠となったアールトは、その後アメリカでも成功を収めますが、一方では愛妻であったアイノとの死別や、アメリカとの相容れない文化的摩擦もあり、フィンランドに戻ったアールトの建築は自身のルーツを誇るかのように再びフィンランド的なものへと向かいはじめます。赤レンガを多用した「赤の時代」のはじまりです。
この時代には傑作が多くありますが、その中でも私が好きなのが「セイナッツァロの役場」です。一番のポイントはそのスケールです。役場というと、とかく豪華で威張ったような建築が多くありますが、この建築にはそれが微塵もありません。とても小さく、近所の公民館に来たかのようなフレンドリーな作りになっているのです。
またとにかく細部まで丁寧に作られています。レンガの積み方に至っては、随所で積み方が変えられており、そんな発見を楽しめる建築でもあります。大味な作りの多いフィンランド建築の中でも、とびきり繊細な作りが随所にあるのも見どころの一つです。
所在地
Finland,Säynätsalo
設計者
アルヴァ・アールト
竣工年
1952年
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