• 旅の追憶
  • 建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。建築を学ぶ学生さんや建築が好きな人向けの旅行ガイド(JIA関東甲信越×LUCHTAコラボ企画)

[連載]「旅の追憶」建築家がすすめる見に行ってほしい建築03|市村宏文

「旅の追憶」
Webで簡単に情報を集められる時代、スマホやタブレットを開けば世界中の建物を目にすることができます。しかし、建築の良さは実際に見て触れて、内部に入って光や空気感を感じてこそわかるもの。このコーナーでは、建築家の方々が影響や刺激を受けた建築を、旅の体験談を織り交ぜながら紹介します。今はコロナ禍でなかなか旅行ができませんが、行ける時が必ずやってきます。ぜひ次の旅の参考にしてください。

建築展覧都市・ベルリン

大学1年生の西洋建築の講義、ロマネスク・ゴシック・ルネッサンス・バロック・ロココの様式建築が続いていましたが、当時は全く興味がなかったために少しウンザリしていたところ、19世紀末に突如現れたモダニズム。その中で、それまでは絶対に注目されない分類の建物で「工場」が紹介されていました。それまでに知っている工場と言えば無機質な建物で、機能優先でした。当時の最新の材料を使い、細部にまで徹底的にデザインされている建物にすっかり魅せられてしまいました。それが「AEGタービン工場」との出会いで、建築家ペーター・ベーレンス、その後のモダニズム建築やバウハウス、そして「首都ベルリン」を知るきっかけとなりました。

大ドイツ帝国の首都ベルリン、1920年代は文化芸術の中心で華やかな都市でした。第二次世界大戦後、敗戦国ドイツは東西に分けられ、首都ベルリンも東西に分断されていました。現在では想像がつかないと思いますが、30年ほど前まで世界は冷戦時代で、東側諸国(ソ連を中心とする共産主義の社会主義国)と西側諸国(アメリカを中心とする自由主義の資本主義国)に分かれて勢力争いを繰り広げていました。

首都ベルリンには戦前より著名な建築物が多数あり、特にモダニズム以降に建築されたジードルング(集合住宅)は、住宅供給公社の建築家であったブルーノ・タウト設計の建物が東ベルリンエリアに多く残っています。

戦後は西ベルリンで開催された2つの国際建築展、1957年開催のIBA Interbau(ベルリン国際建築博覧会)、1987年開催のIBA(ベルリン国際建築展)により、その時代の著名な建築家の設計による建物が建てられています。

Interbauでは、ル・コルビュジエ、ヴァルター・グロピウス、アルヴァ・アールト等、モダニズム創世記の建築家が参加しており、IBAではマリオ・ボッタ、チャールズ・ムーア、アルド・ロッシ、磯崎新、ピーター・アイゼンマン等が参加しています。

他にも、ハンス・シャロウン設計のベルリン・フィルハーモニー・コンサートホールや、ミース・ファン・デル・ローエ設計の新ナショナルギャラリーがあります。

冷戦終結という時代の大きな変革を挟んで、2回ベルリンを訪れました。

1回目は1987年、大学3年生の夏休みに建築雑誌『a+u』のIBA特集号を片手に訪れました。偶然にもIBA開催と重なりましたが、本来の目的は1年の時から魅せられている「AEGタービン工場」で、実際に見てみたいとの思いがいっぱいでした。フランクフルトからの夜行列車に乗り、ベルリンに到着して真っ先に探しました。これほど有名な建物(と思っていました)なのにガイドブックやマップに掲載がなく、飛び込んだ観光案内所のスタッフにダメ元で聞くと知っていたので、その所在地を教えてもらいバスを乗り継ぎ向かいました。建物に着いてすぐに工場からの音に気がつきました。約80年前の教科書で見た建物をまだ現役で使い続けていることに驚き、ガラス窓に近寄り耳を傾けその音を聞き、一本一本柱脚のデザイン・納まりを見ながらゆっくりと工場の奥に向かって歩いていました。ようやく見ることができた建物ですが、その場の雰囲気・音・匂いに酔っていました。目的を達成して落ち着いてからは、東の中の西という冷戦最前線都市の異常な雰囲気を感じながら、目の前の現代(近代)建築を満喫していました。

2回目は1991年、ドイツ統一後の訪問です。都市を分断していた忌まわしい壁がなくなり自由に往来できる街を、ベルリン建築ガイドブック(17世紀以降のベルリンにある著名な建築700棟を掲載)を現地で購入して、モダニズム建築を中心に1ヶ月間の滞在で約130棟を見て回りました。ベルリンの地図に見たい建物をチェックして、それとガイドブックを片手に朝から暗くなるまで見ていました。住宅等は外から見るだけですが、なかには声をかけてくれる住人のかたもいました。今思うとベルリンに建っている建築物を見ることよりも、街の雰囲気に酔っていたのかもしれません。古くからの中心都市、イデオロギーの対立により分断された都市、そこに建つ最先端の建築物とプロパガンダのための建築物が混在して不思議な雰囲気でした。

ベルリンは著名な建築家の建物が一堂に見られるだけではなく、歴史的背景を知った上でそれぞれのエリアに設計された建物を見ると、その時代の政治的思惑にさらされながらも自身の作品を設計している建築家の思い入れを感じられます。

ベルリンの壁(ポツダム広場の無人地帯)、手前の壁から向こうは東側(1987年撮影)

AEGタービン工場
AEG-Turbinenhalle

ガラスのファサード、RCのコーナー、鉄骨の列柱(1987年撮影)

総合電機メーカーAEGの専属デザイナー兼建築家ベーレンス設計による、初期のモダニズム建築を代表する建築物です。
20世紀初めの新しい様式で19世紀の古典主義の建築要素を再解釈して、鉄骨柱による列柱、重厚な石積みを表すファサードのコーナーのコンクリート壁、鉄骨柱の間にはガラスサッシュと、モダニズム建築の3材料(鉄、コンクリート、ガラス)で構成されています。

以降の洗練されたモダニズム建築から見ると野暮ったい面もありますが、正面ファサードのガラスの納め、コーナーのデザイン、柱脚のデザインなどのディテールも注目です。

ベーレンスは同社製品のインダストリアルデザインもしており、また企業ロゴやフォントのデザインなど、現在のコーポレートアイデンティティも担当していました。また、このベーレンス事務所にはその後のモダニズム建築を牽引する、ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウス、ル・コルビュジエがスタッフとして所属していました。

所在地
ドイツ、ベルリン

設計者
ペーター・ベーレンス Peter Behrens

竣工年
1910年

アインシュタイン塔
Der Einsteinturm

塔背面と研究室の窓廻りデザイン(1991年撮影)

ベルリン郊外のポツダムにある天体物理学研究所にあります。アインシュタインの一般相対性理論に基づき予測した太陽観測をするためと、その理論を象徴する「科学の記念碑」として建てられました。メンデルゾーンの処女作でドイツ表現主義を代表する建築物です。当時の技術では、この複雑な形態をコンクリートでつくることができずにレンガ造であることは有名です。

1991年当時、ベルリンのインフォメーションでも情報はなく、直接現地に行き、研究所入口の守衛に交渉すると快く敷地内に入れてもらえました。

所在地
ドイツ、ポツダム

設計者
エーリヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn

竣工年
1924年

ウォガ・コンプレックス
WOGA-Komplex

通りに面したKino Universum棟(1991年撮影)

当時のベルリンでは全く新しいコンセプトとして、住宅団地だけではなくシネマ、ショップ、キャバレー、ホテル、テニスコートを持つ複合施設として建設されました。施設全体はメンデルゾーンの監修によるものですが、特に通りに面しているシネマユニバース(Kino Universum)は半円形のプランと垂直に伸びる壁面が特徴的なデザインの建物です。ここではアインシュタイン塔のような有機的なデザインでなく、モダニズムでまとめられています。

所在地
ドイツ、ベルリン

設計者
エーリヒ・メンデルゾーン Erich Mendelsohn

竣工年
1931年

文・写真:市村宏文 エルスト

この連載は、JIA関東甲信越支部広報委員会とLUCHTAの共同企画です。

著者紹介

市村宏文 エルスト
JIA正会員
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