【大会レポート】トウキョウ建築コレクション2020「re; collection」
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「re; collection」
全国から建築系の修士設計と論文が集まる一大イベント「トウキョウ建築コレクション(以下、トウコレ)」は、今年14回目を迎えた。学生有志からなる実行委員が主催し研究者や建築家を審査員として招聘。全国から集まった応募作品が選抜、展示され、公開審査会で講評も行う。今年は設計展・論文展ともに各10点ずつの作品が出展された。会場は初回から変わらず槇文彦氏設計の代官山ヒルサイドテラス。
会期中、展示会場は基本的に一般公開され、設計展の建築模型と論文展のパネルが並んだ。修士設計はリサーチ・研究に基づいた設計を行うプロセスが一般的であるが、今年はとくに、ある文芸・芸術をテーマとしたリサーチも多かった。フランツ・カフカの作品分析や樂焼茶碗の研究から設計のパターンを導く作品、江戸落語や画家の田中一村をテーマにした作品など、そのテーマの世界観や真髄を分析し、提案空間へと変換している。
また、今回初の試みとなる「企画展」は、国内で年間約230億本が消費されるペットボトルに注目し、そのキャップを使って来場者にモザイクアートを制作してもらうワークショップ。SDGsやESG投資といった環境意識の高まりを背景に、ワークショップを通じて身近な環境問題を啓発することが目的だ。実行委員が用意した完成イメージを参考に、来場した人々がペットボトルのキャップを置いていき、最終日には当初の目標であった絵柄が完成した。なお、使用された6,024個のキャップは絵が完成したのち、リサイクルされた。
会期後半の週末には、各出展者のプレゼンと審査員による講評を経て賞を決定する「論文展公開討論会」「設計展公開審査」と、さまざまな分野から招いたゲストが鼎談する「特別講演」の3つのイベントが行われた。これらのイベントは例年多くの観客で賑わうが、今年は新型肺炎感染対策として無観客で開催された。
なお、ヒルサイドプラザでの公開討論会と公開審査の模様はYouTubeでライブ配信され、会期終了後に講演会の映像とともにYouTube「Luchta TV」チャンネルにて公開されている。
制度と向き合う——特別講演[2月28日]
特別講演では「大学教育と資格」と題し、建築士法の改正が学生や教育現場に及ぼす影響について鼎談を行った。登壇者は山岸雄一氏(西松建設)、冨永美保氏(tomito architecture)、山村健氏(早稲田大学講師、YSLA)。最初にそれぞれの登壇者が自己紹介を兼ねたプレゼンテーションを行った。
冨永氏は2014年から「tomito architecture」を主宰している。自己紹介では、独立に至るまでの経歴と、神奈川県の丘陵地に建つデビュー作品「casaco」を紹介。そのなかでY-GSAを修了した後、東京藝術大学で助手を務める傍ら独学で勉強を始め、その後予備校に通い段階的に一級建築士資格試験に合格した経験も語った。
施工技術や建築ディテールといったものづくりの原点を学ぶために西松建設に入社したという山岸氏は、3DCAD・CG部門の立ち上げや新人研修に長年携わってきた。プレゼンでは社内の研修プログラムについても紹介。西松建設では充実した社内研修プログラムを用意しており、社内選抜試験をパスした社員向けに一級建築士資格取得研修プログラム(同業他社では最長期間だという)もあるという。
山村氏は大学で教鞭をとりつつ、スペイン人建築家のNatalia Sanz Laviña氏と設計事務所「YSLA」を共同主宰している。「研究」「設計」「教育」という自身の建築へのアプローチとあわせ、建築設計から展覧会の空間構成、専門であるアントニ・ガウディの研究まで幅広い活動内容をプレゼンした。海外での活動歴が長い山村氏は、フランスのドミニク・ペロー事務所に勤務していた際に1級建築士学科試験に学科試験に合格。帰国後に予備校に通い製図試験に合格し、資格を取得したという。
鼎談の冒頭では、山岸氏が議論の前提として「建築士法改正」について概要説明が必要ではないかと述べたことを受け、急遽トウコレのメインスポンサーである建築資料研究社/日建学院の神島氏が建築士試験制度改正について解説。今回の制度改正のポイントとして、1)受験資格の見直し、2)実務経験の対象実務の見直し、3)学科試験免除の仕組みの見直し、の3つがあげられ、それぞれについて説明があった。
その内容を踏まえ、「受験資格の見直し」を中心に議論が進んだ。大学卒業後すぐに受験資格が得られるようになるため、学生たちに与える影響も大きい。最初に話題となったのは、受験のタイミングが選べるようになったメリットもある一方、就職の際に資格の有無で差がついてしまう可能性や、大学院で研究に携わる時間が少なくなってしまうということだ。その後山村氏が作成した、資格試験の勉強スケジュールを盛り込んだ現状のカリキュラムをもとに、大学で教える建築学のあり方が議論された。大学の教育内容と受験問題がリンクしていないことや、大学が予備校化するリスク、実りある内容を教えたいという教育者側のモチベーションの問題など幅広い内容がとりあげられた。さらに、新人研修で受験対策を指導している山岸氏は、受験問題の内容や相対式採点制の是非について意見を述べ、制度自体の仕組みにも言及。
1時間弱にわたる議論を経て、今回の改正で、若いうちの独立や海外での活動を希望する学生たち、出産の影響を受ける女性たちの人生設計の選択肢が増えたことは歓迎できるとされた。一方で、自分の興味と向き合い、人間としても学ぶことが多い学生の時間が減ってしまう問題も繰り返し指摘された。山村氏は会の最後、就職に有利といった理由ではなく、建築というものを勉強する時間を自分で見つけ、試験制度をどう使うかを自発的に捉えてほしいと述べ、学生たちに主体的な判断を促した。
修士論文の射程距離——論文展公開討論会[2月29日]
公開討論会では、異なる分野を専門とする審査員と学生が一堂に会し、出展された論文についてディスカッションする。設計展と同じくグランプリと審査員賞は設けられているが、名前の通り議論に重きが置かれている。今回の審査員長は倉方俊輔氏、審査員が前真之氏(モデレーター)、山下哲郎氏、山田あすか氏の計4名。
出展される論文は毎年、歴史・計画系が多い傾向がある。今回は千葉大学の水谷蒼さんによる、レーザー測量の点群データを用いた庭園空間の体験記述の研究や、慶應義塾大学の増村朗人さんによる、曲がり木の組手仕口加工システムの研究など、多くの分野からの出展が見られた。
当日は各出展者が3人ずつプレゼンテーションし、審査員との質疑応答を行った後で討論会に移行した。今回はまず、それぞれの審査員がチャレンジ性、オリジナリティ、有用性、ロジックの完成度といった自らの評価軸を明らかにした。その後、各審査員が興味をもっている論文について意見を述べ、エンジニアリング、計画学、歴史など、それぞれのジャンルごとに、研究の原動力となった社会に対する問題意識や各論文がもつ可能性が問われた。
今回、度々とりあげられたのは建築家のあり方という問題だ。東京大学の星野拓美さんによるピーター・アイゼンマンの理論と実践についての研究は、会を締めくくるような形で話題となった。アイゼンマンを通して建築家像を分析してきた星野さんは、コルビュジエやアイゼンマンの時代と異なり、現在は発信の主体や対象となる人物が見えず、自身の論文でも書くことが難しかったと語った。そのうえで、アクターネットワーク的な状況に建築家が介入していくことで主体性が失われる危機感をもっていると発言。山田氏はこれに対し、自身が『建築雑誌』2018年9月号に寄稿したテキスト「パーティで探求する」を例に、現在は万能の賢者の時代ではなく複数人のパーティの時代なのではないかと語った。パーティの顔役は必要かもしれないが、全ての技能を兼ね備えるよりも、それぞれの強みをどう活かしていくかが課題になるのではないかという。
一連のディスカッションを経てグランプリを受賞したのは、東京大学の岡本圭介さんによる、社会変容を背景とした建築家の新職能についての研究。アメリカを中心に、設計から竣工まで一貫して建築家が責任を負う「Architect-Led-Design-Build方式」を採用する事業者へのインタビューと事例調査を行い、建築家が社会と建築の関係性を調整していく意義を考察した。一人のスターとして全てを決めるのではなく、複数分野の人々と定量的にコミュニケーションをとっていく建築家のあり方や、設計の意思決定プロセスを多様化する投資制度の可能性について、岡本さんと審査員の間で熱い議論が交わされ、今後の建築界に寄与していく可能性が高く評価された。
会の途中で審査員から「卒業論文とも博士論文とも違い、修士論文は内容の射程がもっとも長く、次の学問領域を開いていく可能性を感じた」というコメントがあった。そうしたパワーのある論文が集まり、出展者が議論を通じて自らの論文の可能性を改めて考える会となったのではないだろうか。
批評家なき時代の建築家を目指せ——設計展公開審査会[3月1日]
会期最終日、毎年もっとも来場者数が多く、トウコレのメインイベントともいえる設計展の公開審査が開催された。各出展者の作品プレゼンと、展示会場で審査員との質疑応答を行う巡回審査を経て、審査・講評が行われる。今回の審査員長は長谷川逸子氏、審査員は藤村龍至氏(モデレーター)、早部安弘氏、マニュエル・タルディッツ氏、能作文徳氏の4名が務めた。
審査会は各審査員が3作品ずつ選び、その理由を述べることからスタート。最初に話題となったのは、リサーチ結果から要素や手法を抽出して設計に還元する要素還元的な作品が多く、そうした姿勢が無批判にデザインだと思われているのではないかということ。藤村氏は、その傾向には大学院の教育方針も影響しているとしつつ、そのなかでも形を分析し、言語化して設計に反映しているものとそうでないものがあるとした。どちらかといえば前者に属すると言われた東北大学の福田晴也さんは、樂焼茶碗をリサーチし、陶芸作品を制作しながら設計を試行する「陶芸と建築」を出展。福田さんは、理論を積み重ねることと手を動かして最後までつくりきることの間で葛藤したと語った。学生との議論が進むなかで能作氏は、リサーチを完結したものとして捉えるのではなく、設計しながら出てきた問題をその都度分析していく考え方が重要だと述べ、デザイン・アズ・リサーチという言葉で表現した。その考え方で話題になったのは、東京理科大学の鈴木麻友さんが出展した「入院して転職する」。病院の既成イメージを批判して再構成するもので、オリジナリティのあるリサーチとヒアリングから形につなげた点が評価された。
次に話題となったのは、複数の敷地に設計する連作的な作品が修士設計のパターンになりつつあるということ。これについて連作系の学生から分棟形式を選んだ理由が述べられ、元々のリサーチ内容的に複数案が必要なものと、景観的な必然から分棟になったものに分かれた。デザインとリサーチをつなごうとすると必然的にパターン化してくるという審査員からの意見がある一方、無自覚に行うと手法が形骸化する危険もあるとされた。藤村氏は、学生時代に話題となった「Continuous Architecture」(連続的建築)を例にあげ、その背景には当時のヨーロッパの統合志向があったと語った。また、現在のローカリズムやナショナリズムに対し、分断を良しとするのか、再統合を目指し連続させるのかといった、批評的なメッセージが学生からはあまり聞こえてこないという。このことについて長谷川氏からは、現在建築の批評家がいないことが問題だという意見があった。
一連の議論の後、最終的にグランプリに輝いたのは東京藝術大学の池上里佳子さん。敷地である奄美で活動した日本画家・田中一村をテーマに、風景をフレーミングする手法を使って絵のない美術館を計画した。美術的な手法でデザインとリサーチをつなぎ、美術館の新しいあり方を提示した点が審査員から評価された。
長谷川氏は総評で、今回も話題となった大学院や修士設計のあり方という問題について、日本では「大学院とは何か」ということがあまり議論されていないと指摘。さらに、今後の日本は今までのシンプルな社会から、欧米のように複雑な社会に移行し、建築の基盤も変化するだろうと述べた。批評家のいない時代、建築家は複雑な社会を相手に、自ら批評性を身につけ、その先にある建築論を組み立てる必要があるという。今回のトウコレをきっかけに、次の社会の建築を担う一員としてスタートを切ってほしいという言葉で会が締めくくられた。
全国修士設計展①プレゼンテーション
全国修士設計展②公開審査
トウコレでは毎年実行委員が会のテーマを設定している。今回のテーマは「re; collection」というもの。7月に開催が予定されていた東京オリンピックと、その影響で変化していくまちや社会の様子から、今年を一つの節目と捉え、「過去を振り返り、未来へつなげる」というメッセージを込めたという。今回の会期後、新型肺炎の流行が世界的に加速し、オリンピック延期も決定され、経済的・文化的な影響が懸念されている。社会の不確実性が高まるなか、これからの建築界を担う学生たちがどんな未来を提示するのか、トウコレというイベントの意義を再確認する会となった。
写真提供:内野秀之
記事:平尾望(フリックスタジオ)
全国修士設計展受賞者
■【グランプリ1点、審査員賞5点】
グランプリ | 田中一村美術館 -奄美を切り取る絵のない美術館- 池上里佳子(東京藝術大学大学院 中山英之研究室) |
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長谷川逸子賞 | 陶芸と建築 福田晴也(東北大学大学院 五十嵐太郎研究室) |
藤村龍至賞 | 入院して、転職する -一義的な建築における空間の多義性の獲得- 鈴木麻夕(東京理科大学大学院 西田司研究室) |
マニュエル・タルディッツ賞 | 噺場 oral history spots 須藤悠果(東京藝術大学大学院 中山英之研究室) |
能作文徳賞 | 滲み合うアンビエンス 中山陽介(千葉工業大学大学院 遠藤政樹研究室) |
早部安弘賞 | 水の現象を享受する棚田の建築 -遷移する空間の設計手法- 勝山滉太(東京理科大学大学院 郷田桃代研究室) |
■【ファイナリスト】
解釈の探求 -フランツ・カフカ作品におけるeinsinnigな叙述描写を通して- 堀井秀哉(早稲田大学大学院 古谷誠章・藤井由理研究室) |
void urbanism guide -不安定な都市の暴露と建築のふるまい- 福嶋佑太(東京理科大学大学院 伊藤香織研究室) |
都市からの手紙 -街の記憶を継承する都市建築の提案- 中村篤志(千葉工業大学大学院 今村創平研究室) |
the space 建築空間論研究-認知心理学による両眼視差モデルを用いて- 菅原功太(早稲田大学大学院 古谷誠章・藤井由理研究室) |
全国修士論文展受賞者
■【グランプリ1点、審査員賞4点】
グランプリ | 社会変容を背景とした建築家の新職能に関する基礎的考察-米国の事例を題材として- 岡本圭介(東京大学大学院 野城智也研究室) |
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倉方俊輔賞 | 明治期の浅草仲見世通りにおける掛店から煉瓦仲店への転換と店舗空間の変容過程に関する研究 増子ひかる(東京理科大学大学院 伊藤裕久研究室) |
前真之賞 | 長野市における既存活用型高齢者施設の室構成の変化 有田一貴(信州大学大学院 寺内美紀子研究室) |
山下哲郎賞 | 曲がり木の組手仕口加工システム開発 増村朗人(慶応義塾大学大学院 松川昌平研究室) |
山田あすか賞 | 70年代ピーター・アイゼンマンの理論と実践:アカデミズムの系譜と活字媒体・写真による発信 星野拓美(東京大学大学院 加藤耕一研究室) |
■【ファイナリスト】
回遊式庭園における点群データを使用した空間体験の記述に関する研究 水谷蒼(千葉大学大学院 章俊華・三谷徹研究室) |
ICT活用による学習空間・学習展開の弾力化に関する研究< 中野隆太(大阪市立大学大学院 横山俊祐研究室) |
「領域」の観点からみた東京都区部にいける景観計画の再考 道家浩平(東京大学大学院 出口敦研究室) |
貴族社会にみられる図書保存活動の解明 -文倉を中心とした保存による平安文化の成立と中世社会の誕生- 小野緋呂美(早稲田大学大学院 小岩正樹研究室) |
都市の空閑地における建築的介入にみる時間的文脈と既存環境の再構成手法 織大起(東京工業大学大学院 奥山信一研究室) |
イベント情報:
主催:トウキョウ建築コレクション 2020実行委員会
日時:会期:2019年2月25日(火)-2019年3月1日(日)
会場:代官山ヒルサイドフォーラム (〒150-0033 東京都猿楽町 18-8)
公式サイト:https://tokore.site
締切:2020年5月20日(水)受付分まで
提供:建築資料研究社
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