【レポート】令和の二つの「なおす」:『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』展 + SADI定例講演「Yチェアのペーパーコード張り実演を通して、Yチェアを知る」
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「なおす」という言葉には、たいてい「直す(訂正する、まっすぐにする)」「治す(修理する、治療する)」という漢字が当てられます。いずれも社会の中で、また、人々にとって大切な行為です。
2020年10月現在、報道にあるように感染症が収束する見通しは立たず、世界は新型コロナウイルスの感染を「治す」ことが困難な状況にあります。世界にとって重要な「治す」は不明瞭なままです。
ところで、コロナ禍以前に見た2つのイベントの二つの「なおす」が、筆者にとってのこの言葉のもつ意味を広げてくれました。コロナ禍の現在、「なおす」はことさら重要な行為に感じます。
「なおす」一
──ものの意味をあらためて考えさせる
展覧会(せんだいメディアテーク主催)
『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』展
──「なおす」ことを主題に、家具や日用品などを用いながら廃棄物の欠損箇所を補完することで、新たな形態を生み出している美術作家、青野文昭。長く仙台で活動してきた青野のこれまでの作品とともに、震災以後の表現の変化もふまえた、新たな展望を紹介します。──せんだいメディアテーク 開催概要より
2019年末、12月24日に仙台で、展覧会『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』を見ました。
私(筆者)は東京都武蔵野市民で、青野さんのことは、その2年前、2017年の武蔵野市報「むさしの」に掲載されていた「粗大ゴミ募集」の告知から知りました。
青野さんは仙台在住ですが、祖母が武蔵野市吉祥寺に住んでいたことがあり、「『おばあちゃんのうち』の記憶がある地での展覧会で作品制作のために古い家具などを探している」という内容だったと記憶しています。当時、私の自宅には、提供できるようなものはなく協力できませんでしたが、ゴミを集めて作品にするという手法に興味を覚え、どのような作品になるか展覧会を楽しみにしていました。
そして、2017年9月29日に武蔵野市立吉祥寺美術館『コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭』展に行き、はじめて青野作品に触れました。
展示を一言で表しますと、再生されて生まれ変わった「新しいもの」です。材料は青野さんが吉祥寺の地を歩き回って偶然出会ったり、掘り出してきたさまざまな欠片と、市民から集まった家具やものたち。タンスの中に埋没する自転車、積み上げられ溶解する本、いろいろな拾得物が集合し合体して「新しいもの」に変身しています。「新しいもの」たちが、これからの可能性を密談しているような印象で、新鮮な衝撃を受けました。
それから2年後、仙台で再び見た青野さんの展覧会が『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』展でした。
さすがに会場の広さの違いを感じました。せんだいメディアテークの展覧会場は大きくて、吉祥寺美術館に展示されていた「吉祥寺」(『コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭』展の作品)は今回の展示の一部分でしかなく、新しい作品がたくさんありました。それでも小さくなった「吉祥寺」に再会した時は、うれしく感じたものです。
会場を歩いていきますと幼少時に空き地で体験した秘密基地を巡っているようで、発見があります。展示作品の印象は、見る人それぞれで変わるでしょう。恐怖を感じることもあれば、うれしくなることもあります。青野さんのつくった作品に囲まれ、たたずんでいると、いろいろな思考が生まれ、発見があります。私にとっては、布団を敷いて泊まってみたい「奇嬉怪怪」の3次元でした。
YouTubeチャンネル「せんだいメディアテーク・オンライン」で展覧会と関連イベントの様子が公開されています。
「なおす」二
──家具を大切に、長くつきあう
SADI(北欧建築・デザイン協会)1月定例講演会
「Yチェアのペーパーコード張り実演を通して、Yチェアを知る」
──1950年に発表されてから60年以上経った今も製造され続けているYチェア。日本では、1962年からデパートで販売されるようになりましたが、その1年前、雑誌『室内』の特集記事「デンマーク家具」の中でYチェアが紹介されています。その記事を寄稿した島崎信氏と共に、デザインだけでなく、模倣品や立体商標に関しても考察していきます。また、ペーパーコード張りの実演を通して、素材についても、より深く知っていただく機会になればと思います。──SADI 講演会案内より
はじめに講演があり、Yチェアの歴史と日本での展開を振り返ります。坂本さんはYチェアを製造販売するデンマークの家具メーカーの日本法人(カール・ハンセン&サン・ジャパン)に在籍した際、日本で最も売れている輸入椅子と評価されている椅子(Yチェア)をめぐる、コピー商品との闘いに駆り出されました。そして、日本国内で販売されていた中国製の模倣品に対抗するため、立体商標を出願。しかし、特許庁が拒絶査定を出したため、それを不服として知財高等裁判所に特許庁を相手取り審決取消訴訟を起こします。2011年に「他社商品との識別力や周知著名性」があることが認められ、Yチェアの立体商標が登録されました。その結果、日本国内から模倣品を排除することができました。
後半はメインイベント、座面のペーパーコード張りの始まり。
5 本当にいいものを使い続ける気概を持ってほしい。
Yチェアの座面を張り替えるという坂本さんの作業によって、古い椅子はまた持ち主の所に戻り、愛着をもって長く使い続けられるのです。
◆「なおす」を実践する
2015年に国連総会で採択されたSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)は、以降、人類の重要な指針として位置づけられました。そして、世界の企業がこぞって、この目標の達成に向けて邁進しています。
青野さんと坂本さんの「なおす」を通した行動は、この「持続可能な開発目標」を達成するための方法につながっているように思いました。しかし、単に「資源を大切にする」「長持ちさせる」というエコの実践として評価したわけではありません。2人の活動は、「なおす」が、新品にはない、新しい愛着を生み出し、モノを「再生」できることを、あらためて教えてくれるのです。
ものづくりに取り組む若い世代には、ゼロから創造するだけでなく、古くなったモノを後年、「なおす」ことによって、新たな価値が加わり、すばらしく生まれ変わるようなものづくりをめざしてほしいと願っています。
写真・文:フジタサトシ
展覧会
『青野文昭 ものの, ねむり, 越路山, こえ』展
主催:せんだいメディアテーク
会期:2019年11月3日~2020年1月12日11:00-20:00(入場は19:30まで)
会場:せんだいメディアテーク 6階ギャラリー4200
入場料:一般500円(大学生、専門学校生含む。豊齢カード所有者、障害者手帳所有者とその付き添い1名は半額)/高校生以下無料
[https://www.smt.jp/projects/aono_ten/]
作家プロフィール
青野文昭 あおの・ふみあき
造形作家、美術家
1968年宮城県仙台市生まれ。宮城教育大学大学院美術教育科修了。
モノの持つテクスチャーや形態を手がかりに「なおす」をテーマとして、廃棄物や拾得物を用いた表現を行なう。
近年の主な個展に、『パランプセスト 記憶の重ね書き vol.7』(2015年、gallery αM)、『青野文昭個展』(2016年、ギャラリーターンアラウンド)。主なグループ展に、『いま、被災地から──岩手・宮城・福島の美術と震災復興』(2016年、東京藝術大学大学美術館)、『Royal Academy of Arts Summer Exhibition 2016』(2016年、イギリス、ロンドン)、『コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭』展(2017年、武蔵野市立吉祥寺美術館)、『コンニチハ技術トシテノ美術』展(2017年、せんだいメディアテーク)、『六本木クロッシング2019』展(2019年、森美術館)など。「あいちトリエンナーレ2013」、「ヨコハマトリエンナーレ2020」に出品。宮城県美術館、愛知県美術館、金沢21世紀美術館などにパブリック・コレクションがある。
講演会
「Yチェアのペーパーコード張り実演を通して、Yチェアを知る」
主催:北欧建築・デザイン協会(SADI)
講師・実演:坂本茂(sim design)/補足解説:島崎信(SADI理事)
日時:2020年1月24日(金)19:00-21:00
会場:東京大学農学部弥生講堂アネックス 講義室
参加費:一般1,500円/学生500円/会員1,000円/学生会員無料
定員:70名(会場先着順)
[https://sadiinfo.exblog.jp/29902489/]
講師プロフィール
坂本茂 さかもと・しげる
家具デザイナー(北欧家具修理・張替え)、東京造形大学非常勤講師
多摩美術大学中退、品川高等職業訓練校木工技術科修了。
五反田製作所、ディー・サイン(現カール・ハンセン&サン・ジャパン)などを経て2014年、sim design設立。カール・ハンセン在籍中に、商品管理の責任者として輸入業務やペーパーコードの張り替えをしながら、Yチェアの立体商標出願に奔走。
主な共著に『Yチェアの秘密』(誠文堂新光社刊、2016年)など。主な受賞に、第1回『暮らしの中の木の椅子』展 最優秀賞(朝日新聞社主催、1998年)、「工芸都市高岡クラフトコンペティション」ファクトリークラフト部門グランプリ(2015年)など。
現在、東京造形大学デザイン学科室内建築専攻領域非常勤講師。