【レポート】生誕100年 石元泰博写真展――伝統と近代

写真家、石元泰博の生誕100年を記念した写真展を3会場で順次開催

生誕100年 石元泰博写真展――伝統と近代

美しい構図、被写体が発する生命エネルギー

2021年は、石元泰博(1921-2012年)が生まれてからちょうど100年を迎える記念の年である。それに合わせて、過去最大規模の写真展が東京都写真美術館(以下、TOP)、東京オペラシティ アートギャラリー(以下、アートギャラリー)、高知県立美術館(以下、県美)の3会場で共同開催されることとなった。これは石元から寄贈された作品35,000点を収蔵する県美があってこそ実現した連動企画だ。

「生命体としての都市」をテーマに掲げたTOPでは、石元が生涯撮影し続けた都市の様相を軸にキャリア後半の作品を中心とする展示となり、アートギャラリーでは「伝統と近代」をテーマに、IDの学生時代を含めたキャリア前半の作品にウェイトが置かれている。また、県美では初期から晩年まで、石元の活動の全貌を振り返る大回顧展となる予定だ。
ここではアートギャラリーの作品展を紹介しよう。

◆16のテーマに分けて作品を紹介


展覧会場エントランス

2フロアにわたる会場では、ほぼ年代順に沿った16のテーマに分けて作品を展示している。鑑賞者は石元が写真を学び始めたインスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス〈*1〉、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ。以下ID)の学生時代の作品から、1954~55年にかけて撮影され、モダニズムの視点を通してとらえた桂離宮、シカゴと東京(第2次大戦前後より)で街と人の変貌を追いかけた作品群、「建築写真家」として撮影した数々の近代建築と現代建築、1970年代以降のカラー作品、そして1993年に撮影した伊勢神宮まで、石元の軌跡を振り返りながら、作品の変遷を辿ることができる。

伊勢神宮/1989年、1993年
シカゴ 街/1959-1961年
伝真言院曼荼羅写真パネル/1973年
原爆死没者慰霊碑(部分)と広島平和会館原爆記念陳列館(丹下健三)/1953-1955年
国立民族学博物館(黒川紀章)/1977年
シカゴ 860-880 レイクショア・ドライブ・アパートメント(ミース・ファン・デル・ローエ)/1948-1961年
東京 こども/1950-1960年代
シカゴ ミース・ファン・デル・ローエとコンラート・ヴァクスマン、イリノイ工科大学にて/1952年
ポートレート(三島由紀夫)/1968-1969年

◆「伝統と近代」を問う原点、桂離宮


《桂離宮 中書院東の庭から中書院、楽器の間、新御殿を望む》ゼラチン・シルバー・プリント 1953,54年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター

1952年にIDを卒業した石元は翌1953年に来日し、1958年まで日本に滞在した。来日して最初に撮影したのが、石元の初期の代表作となった桂離宮である。

日本の伝統様式とそれに相反する近代デザインの空気感を兼ね備えた作品だ。あたかもバウハウスの流れを汲むモダニズム建築を撮影するように、石元はシフトレンズ(*2)を使い、桂離宮という近世の日本文化を象徴する建築を直線的に切り取った。これまで見てきた桂離宮と全く別の視点で表現された作品群は、当時の日本人に新鮮な驚きを与えたのではないか。

「伝統の中に近代をどう見出すか、伝統を近代の中でどう生かすか。それは、戦後の建築家やデザイナーをはじめとする芸術家たちに与えられた命題だったが、石元もその問いに対する答えを常に追求し続けた」と本展覧会のキュレーター、福士理さんは語る。以後、地方の民俗芸能、国東半島の磨崖仏や琵琶湖周辺に残る色あせた仏像、今回、日本初の完全展示を実現した両界曼荼羅、そして伊勢神宮など、「伝統と近代」に生涯こだわり続けた石元だが、日本における写真家としての原点となったのが桂離宮であった。

《桂離宮 中門の乗越石》ゼラチン・シルバー・プリント 1953,54年©️高知県,石元泰博フォトセンター

◆構図の美を超えたエネルギーの魅力


《東京 街》ゼラチン・シルバー・プリント 1953-57年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター

美しい構図が特徴の石元の作品はキャリア初期から造形写真(*3)とも呼ばれてきた。それは、学生時代に石元が、いわゆる生まれたてのモダニズム(*4)の考え方や手法に直に触れたことにも関係するだろう。同時期のシカゴには、バウハウスで活躍しIDを創設したモホリ=ナジ(László Moholy-Nagy)、近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)などがいて、彼らのポートレ-トや『レイクショア・ドライブ・アパートメント』(設計:ミース)を撮影した作品が残っている。

IDで石元は被写体となる対象を直に触れることを通して、物の触感や力の伝わり方を徹底的に教わった。眼で見たイメージだけでなく、被写体に備わるものすべてを自分の身体でリアルにとらえること。身体的な感覚を研ぎ澄まして「物を見る」ことは、生涯を通して石元の撮影姿勢に如実に表れている。

しかし、彼の作品の魅力は構図の美しさだけでは説明できない。たとえば、建築を撮影する際、石元は建物の内外を徹底的に動き回ったという。建築を美しい構図で切り取ることは、訓練さえすれば誰でもできるようになるのだが、福士キュレーターも感じているように、「単に美しいだけでなく、被写体に潜む形を生み出している勢い、力、エネルギーなどが、強烈に伝わってくる」作品となっているからだ。建築に限らず、写真には、石元のその時に被写体から獲得した触感や感情、生命エネルギーまでもが収められている。それこそが、石元写真ならではの魅力なのではないか。

「近代建築」のコーナーには、丹下健三、白井晟一、磯崎新など、錚々たる近代建築家の建築を撮影した作品が並んでいるので、そのことを踏まえながら、石元の建築写真を心ゆくまで鑑賞するのもいいだろう。

《シカゴ建築 860-880レイク・ショア・ドライブ・アパートメント(ミース・ファン・デル・ローエ)》ゼラチン・シルバー・プリント 1966年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター
《東京都新都庁舎計画(磯崎新)》ゼラチン・シルバー・プリント 1991年頃 ©️高知県,石元泰博フォトセンター


《牧野富太郎記念館(内藤廣)》ゼラチン・シルバー・プリント 1999年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター

◆デジタル時代に見直す手仕事の良さ


《シンフォニー・イン・ケーブ》ゼラチン・シルバー・プリント 1944-48年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター

石元は、すべてのモノクロ写真を自ら焼いたという。そして、自分が焼いたプリントこそ最終的な自分の作品だというこだわりを持っていた。同じ撮影フィルムでも、浅く焼いたり深く焼いたり、いろいろ試してみており、それぞれ微妙な違いをもつ複数のプリントのそろった作品が数々存在する。

後年、デジタル写真の時代になって、石元は自分の仕事はもう終わったと感じていたらしい。しかし、石元の写真から感じられるパワーはこれからも決して色褪せることはない。

「デジタルの時代だからこそ、石元の写真の手仕事の良さ、プリントの美学がもつすぐれた面が評価されているのではないか。いつの時代にも通じる大切なものをこの展覧会で感じ取ってほしい」と福士キュレーターから来場者に向けたメッセージをもらった。


キュレーター、福士理 氏

「神は細部(ディテール)に宿る」というミースの言葉に倣うかのように、被写体の細部まで深く読み取り、自らの写真に刻みつけようとし続けた石元。今回の写真展は、そんな石元の真髄に触れる絶好のチャンスである。実際に会場に足を運んで、多くのことを吸収してほしい。

文:戸井しゅん
Photos except as noted by the author.


編註:
*1 バウハウス:Bauhaus。1919年にドイツのワイマールに設立された、美術と建築の芸術学校。その流れを汲んだ合理主義的、機能主義的な芸術は、無駄な装飾を廃して合理性を追求するモダニズム建築やデザインの源流となった。バウハウスの教授であったモホリ=ナジ・ラースローにより設立されたIDは、バウハウスのデザイン教育を継承し、ニュー・バウハウスと呼ばれた。IDはその後イリノイ工科大学に併合された。

*2 シフトレンズ:建物の垂直水平を保ったまま、撮影範囲を変えることができるレンズ。たとえば、高層建築を撮影する場合、通常のレンズだと上層階ほどすぼまった写真になるが、シフトレンズを使うことにより、そのようなゆがみが補正され、建物の垂直水平が保たれた写真となる。
*3 造形写真:被写体を忠実に表現することを目的とせず、光や影などを駆使してより美しく、芸術性を追求した写真の総称。
*4 モダニズム:第1次大戦後に起こった前衛的な芸術運動。近代的技術を前提に、従来の伝統的な装飾性を否定し、機械による大量生産が可能な鉄、ガラス、コンクリートなどを使い、合理性、機能性が持つ美しさ追求した。

【展覧会の構成(予定)】
*図版©高知県,石元泰博フォトセンター / 高知県立美術館蔵


《シンフォニー・イン・ケーブ》ゼラチン・シルバー・プリント 1944-48年
1. 初期作品
シカゴの写真クラブでのサロン写真から、インスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス)在学中の実験的な作品を中心に紹介します。
《シカゴ ハロウィン》ゼラチン・シルバー・プリント 1948-52年
2. シカゴ
シカゴの人と街は石元が生涯にわたり撮り続けた被写体です。子どもたちの躍動する姿や都市の変貌など、初期の作品を中心に紹介します。


《東京 街》ゼラチン・シルバー・プリント 1953-57年。
3. 東京と近代化の諸相
1953年の来日以降、石元は東京を被写体に、ときに鋭い文明批評をこめて人と街への眼差しを深め続けました。産業化や公害、自然破壊など、近代化の諸相を捉えた作品とあわせて石元の東京写真を紹介します。
《桂離宮 中書院東の庭から中書院、楽器の間、新御殿を望む》ゼラチン・シルバー・プリント 1953,54年
4. 桂離宮
石元の名を世に知らしめた代表作。1953、54 年撮影の初期シリーズを紹介します。対象の質感や空間的特性を鋭く捉えるモダンな手法は今も色あせません。


《牧野富太郎記念館(内藤廣)》ゼラチン・シルバー・プリント 1999年
5. 近代建築
丹下健三、白井晟一、磯崎新、黒川紀章、内藤廣やミース・ファン・デル・ローエ、ルイス・サリヴァンなど、石元の「建築写真」の仕事を総括的に紹介します。


《ポートレート(土方巽)》ゼラチン・シルバー・プリント 1968-69年
6. ポートレート
一時期手掛けたポートレイトより、土方巽、唐十郎、三島由紀夫、石原慎太郎らを撮影した作品を紹介。時代を画した大物たちの息づかいや時代の空気に注目です。


《御陣乗太鼓(輪島)》ゼラチン・シルバー・プリント 1962-64年
7. 周縁から
石元は、日本の周縁から近代化を捉えまた歴史や伝統を溯行する仕事に取り組み続けました。北海道や東北・北陸の暮らしや大分・国東半島の宗教文化などを取材した作品を紹介します。

8. 両界曼荼羅
京都・東寺(教王護国寺)の国宝、伝真言院曼荼羅を接写したシリーズ。1977年の発表時には曼荼羅ブームが起きました。国立国際美術館所蔵の大型プリント110余点を一挙公開します。

9. イスラム 空間と文様
海外に取材した作品から、イスラム寺院の空間と文様をとらえたカラーの仕事を紹介します。

10. 食物誌/包まれた食物
あらゆる食材がラップされてスーパーに並び、我々の食卓に届けられるようになった1980年代。それらを即物的に捉えた本シリーズからは石元の消費社会批判が読み取れます。


《韮山・江川邸の土間》ゼラチン・シルバー・プリント 1956年頃
11. かたち
自然が生み出す造形や人工物などを捉えた作品を紹介します。
バウハウスの流れを汲んだ構成感覚豊かな石元の特徴がよく現れた作品群です。
12. 伊勢神宮
石元の歴史や伝統へのまなざしは、東洋的な永遠の時間性へと向かい、1993年の式年遷宮にあわせた伊勢神宮の撮影に結実しました。

展覧会 :生誕100年 石元泰博写真展—-伝統と近代
主催  :東京オペラシティ文化財団、読売新聞社、美術館連絡協議会
特別協賛:ジャパンリアルエステイト投資法人
協賛  :ライオン、大日本印刷、損保ジャパン
協力  :相互物産
共同企画:高知県立美術館、東京都写真美術館
会場  :東京オペラシティ アートギャラリー(3階ギャラリー1、2/4階ギャラリー3、 4)
開催期間:2020年10月10日(土)~ 12月20日(日)
開館時間:11:00~19:00(入場は18:30まで)
休館日 :月曜日(祝日の場合は翌火曜日)
入場料 :一般1,200円(1,000円)、大学・高校生800円、中学生以下無料
 *内は各種割引料金
 *東京都写真美術館との相互割引あり。先着100人までポストカードをプレゼント
https://www.operacity.jp/ag/exh234/j/relatedinfo.php

共同開催展スケジュール:
東京都写真美術館『生誕100年 石元泰博写真展 生命体としての都市』
2020年9月29日(火)~11月23日(月・祝)
https://topmuseum.jp/
高知県立美術館『生誕100年 石元泰博写真展』
2021年1月16日(土)~3月14日(日)
https://moak.jp/

略歴
【石元泰博 略年譜】

《セルフ・ポートレート》 1975年 ©️高知県,石元泰博フォトセンター
石元泰博(1921-2012年)
1921年サンフランシスコ(アメリカ合衆国)に生まれる。3歳の時、両親の郷里である高知県に戻り、1939年高知県立農業高校を卒業。同年、単身渡米するが、間もなく太平洋戦争がはじまり、収容所生活を経験する。終戦後は、インスティテュート・オブ・デザイン(ID、通称ニュー・バウハウス、アメリカ合衆国イリノイ州シカゴ)で、写真技法のみならず、石元作品の基礎を成す造形感覚を養う訓練を積む。その後、桂離宮のモダニズムを写真により見出した作品で高い評価を受ける。丹下健三、菊竹清訓、磯崎新、内藤廣など日本を代表する建築家の作品を数多く撮影してきたことでも知られる。

略歴

1921 高知からの農業移民の長男としてサンフランシスコで誕生
1924 両親と高知に移住
1939 高知の農業高校を出て単身渡米、カリフォルニアに住む
1942 前年12月8日の真珠湾攻撃をうけ、日系人収容所に収監される
1944 収容所から解放されシカゴに行く
1947 シカゴの写真クラブに入会。モホイ=ナジらの著作に触れ、モダニズム/アヴァンギャルドの写真に開眼
1948 シカゴのインスティテュート・オブ・デザイン(通称ニュー・バウハウス)入学(1952年卒)
1953 来日し、1958年まで滞在。桂離宮を初訪問し、敷石を撮影。丹下健三はじめ建築、デザイン、美術界の要人らと出会う
1954 京都・俵屋旅館に1ヶ月滞在し桂離宮を撮影
1958 初の写真集『ある日ある所』発刊。シカゴに戻り3年間滞在
1960 『KATSURA—日本建築における伝統と創造』発刊
1961 再来日
1969 日本国籍取得。『シカゴ、シカゴ』発刊
1973 東寺の両界曼荼羅を撮影
1977 『伝真言院両界曼荼羅:教王護国寺蔵』発刊
1978 『国東紀行』発刊
1983 カラーで再撮影した桂離宮をまとめ『桂離宮 空間と形』発刊
1984 20X24インチポラロイドカメラで「包まれた食べ物」シリーズ制作
1995 『伊勢神宮』発刊
2007 『シブヤ、シブヤ』発刊
2010 桂離宮の新旧の撮影を全編モノクロでまとめた『桂離宮』発刊
2012 没
2013 高知県立美術館に「石元泰博フォトセンター」が開設される

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